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「練馬」 1/15

               *

 私は現在、ミスタードーナツにてこれを書いている。
 本日は夏本番真っ盛り。自宅からここまでの数百メートルを歩くだけで、私の来ているTシャツは汗で少しだけじっとりとしていた。
 今はクーラーの真下にある席で冷風を存分に浴びているので、オーバーヒートからの回復は時間の問題かと思われる。
 さて、今日は、私が夢中になっている私的メモの話をしよう。
 私的なメモとは一体何なのか良く解らない人の為に、まずこれについて説明する。字面だけでは分からない人はまず居ないだろう。
 メモはメモ。
 しかし一般的に言われているメモとは少し趣向が違うので説明が必要なのだ。そうは言うもののこれを始めて数ヶ月も経って尚、自分でも良く解らない部分が多いので説明も恐らく訳の解らない内容になると思う。
 という説明すら自分用なので、その辺りは最早どうでも良い。
 後に読む自分が理解できればそれでいい。

 日々の記録や日記のようなもの、と言えば解りやすいだろうか。
 今日はどこどこの喫茶店でこんなことについて考えたとか、話題の映画を見た感想とか、物によっては内容の下らなさは凄まじい。
 稀に自宅のパソコンも使うが、大抵は突然思いついて発作的に書く事が多い為、その殆どは外出中に携帯電話のメモ帳アプリに書き込む。
 うんこについての考察を、喫茶店で三、四時間程書き続けた事もある。このうんこについて書いたメモは私自身は結構気に入っている。しかしそれはまた別の機会に紹介しようと思う。今日は既に書くことを決めているので、うんこのメモの話題が出た時点で蛇足だった。その情報はこの後全く役に立たないので忘れて良い。

 私的メモでは、嘘でも何でも何でもいいから思いついたこと何でもかんでもを書きとめる。それは今の私にとって他に変え難い趣味であったりする。
 私的メモについての造詣を更に深める為に、書き始めたきっかけについて考える事にしよう。
 しようと思うなどといきまいた上で何だけれど、世の中には明確にきっかけがある事の方が少ないように思う。きっかけについて考えてみても、それは既に半年も前の事なのだ。書き始めた当時の記憶は、当然おぼろげである。肝心の何故メモを書こうと思ったかというメモを残していないのが失態であった。今考えた所で思い至るきっかけなんていうものは、そう思いたいだけのこじつけかもしれないし、自分への言い訳かもしれないしで考えるのは無意味かもしれない。
 しかし記録は記録。であれば、初めに書かれたメモを読み返して分析すればいいのだ。

 初めのメモは今から半年前、私が前職を離職して無職になった直後に書かれている。見返せばそれはどうやら唐突に始まったようだった。
 では原初のメモを紹介しよう。
 
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 今日は新宿に行く用があったので仕方なく新宿に向かった。人の多さが圧倒的に凄まじい。頭がクラクラしてくる。ここに居るすべての人は私にとって他人。なんて寂しい話だろう。賑やかな街の喧騒を前に私は明るい気持ちになれない!なんて卑屈なのだろう。
 ここに居るすべての人と友達であったならどんなに良いだろうか。
 それは果たして本当に良いのだろうか。
 私はどっちに進めば良いのか分からずうろうろし続けていた。
 よく分からないものを書き上げてしまった。
 私は今日も生きている。


 以上報告終わり。
 
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 これには一体どういう意味があるのだろう。
 分析しようとした所で今の私には皆目分からないのであった。どうもメモ全体から漂う負のオーラから察するに、ネガティブであったことは伺える。当時は何か思う所があったのかもしれない。しかしはっきりとした理由は今となっては結局解らない。
 何はともあれ、この日を境に私の趣味は始まった。原初のメモが書かれた翌日からは、ほとんど毎日これを書いて過ごした。
 結局、大した事は書かれずにこのメモも終わる。いかにも私らしいメモだなと、書く度に常々思うものである。
 
              *
 
 私は満二十七歳で、無職である。これは中々インパクトのある見出しだ。今なら付録として独身で彼女無しというのも付いて来る。そんな付録本当に欲しくない。購買意欲が一気に冷める。
 そして前職を退職してから現在半年程経っている。私の日々の楽しみといえば、毎日の日課である喫茶店での珈琲を飲むこと、読みかけの小説読むこと、そして私的メモを書く事だった。私的メモについては読んだ人によって感想が異なるかと思われるが、一般的に言ってしまえば暗くてジメジメしたモテない男の薄ら寒い趣味である。こちらについての説明は、先日書いたメモを参照して欲しい。しかしどんなに薄ら暗かろうとも、私はこの趣味の事を結構気に入っている。何故か解らないけれど無性に楽しくて沢山書いてしまう。君も一度試してみると良いと薦めたい。読むのは私なので既に試しているだろう。言いたいことを何でも言えるし、どんな内容でも評価するのは自分だけなのが心地良いのだ。
 例えば架空の誰かを作り出してメモの中で話し合ったりも出来る。そうすれば、寂しさも紛らわせる。
 さて、何故架空の誰かを作り出してメモの中で話し合ったりする必要があるのかという説明に移らせてもらう。

 私にはこの大都会東京に引っ越してきて既に七年経っている。私には未だに友人と呼べるような人は居なかった。したがって誰かと話がしたい時は、脳内で友達を作り出す。いやあ、素晴らしいコストパフォーマンスで非常に感服する。二人で遊ぶのに、喫茶店の珈琲一杯分だけで良い。あとは携帯電話に向かって書き続けるだけだ。三百円だか四百円で昼間の時間を食いつぶせる。
 二十七歳の男が平日の昼間の時間をただ食いつぶすだけとは中々の贅沢だと、私は突然考える。これを自立している沢山の人達に読まれでもしたら、その全員から怒られそうだ。私の家に沢山石ころが飛んでくるようになるかもしれない。したがって、これは自分しか読まないように心掛けている。厳重なロック体制で携帯電話を守っている。しかし私は人間との交流がかなり少ない種なので、その機会はまず無いだろう。まず人に携帯を見られることが無い上にロックも掛けていて、セキュリティだけは異様に万全である。その点については抜かりない。絶対に落とさないように細心の注意も常に払っている。

 そして私は無職になって半年経って尚、尚無職だった。無職であり続けた。何故無職であり続けるのかという問いには現在一切答えたくない。ただ半年間の無職生活を経た今でも、社会生活を取り戻したいという気概はまるで無かった。ただひたすらに、無益を生み続ける毎日だった。
 全く関係の無い話だが、無益という言葉をインターネットで検索してみた結果、「どぶに捨てる様なもの」という意味だと分かった。正にどぶに捨てるような生活であった。情けなし。
 本日の生存報告は、これにて終わる。我、これより自宅に帰還。

              *

2へつづく

著/がるあん
イラスト/ヨツベ

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