第28話・1949年 『偏る愛好者の構造』
スポーツイベント・ハンドボール2022年8月号(7月20日発行号)で特集の通り、日本のハンドボールは7月24日、「伝来100年」を迎え、新たな発展に向け力強く踏み出しました。
積み重ねられた100年はつねに激しく揺れ続け、厳しい局面にも見舞われましたが、愛好者のいつに変わらぬ情熱で乗り切り、多くの人に親しまれるスポーツとしてこの日を迎えています。
ここでは、記念すべき日からWeb版特別企画で「1話1年」による日本のハンドボールのその刻々の姿を連続100日間お伝えします。
テーマは直面した動きの背景を中心とし、すでに語り継がれている大会の足跡やチームの栄光ストーリーの話題は少なく限られます。あらかじめご了承ください。取材と執筆は本誌編集部。随所で編集部OB、OG、常連寄稿者の協力を得る予定です。
(文中敬称略。国名、機関・組織名、チーム名、会場名などは当時)
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4年目を迎えた国体が東京を中心に開かれ、ハンドボールは新設された「駒沢ハンドボール場」が会場となった。この大会のために新設、1940年の東京オリンピック構想では主競技場(オリンピック・スタジアム)の建設が予定されていた場所である。東京にハンドボールの本拠が産まれたのは大きかった。
大会(10月)では2面が用意され、男子と女子に分けられ公開試合も含め全34試合(4日間)が組まれた。このあと「駒沢」は多くのトップイベントが開かれ球史を飾る。
国体は前年からの都道府県対抗形式(天皇杯、皇后杯)で都道府県のスポーツ活性化を呼ぶと同時に、施設の充実にも力となることを「駒沢」は示しもした。
日本協会が、都道府県体育協会や同ハンドボール協会を通じて実態と愛好者人口の全国調査を初めて実施したのは11月1日だ。“国体効果”の手応えを感じての試みだった。
結果は46都道府県(当時は沖縄を含まず)のうち43都道府県から「なんらかのハンドボールチームが活動している」との回答と確認を得た。種別も整理された。最多は高校男子の43都道府県、以下、高校女子38、一般男子28、一般女子18。チーム総数は759、愛好者総数は3万7455人(日本ハンドボール史「1949年度報告」の項。日本協会、1987年2月刊)。
2年目となる新制中学の動きもよく「中・高校界」の将来に楽しみを抱かせる。課題は一般層の充実にあった。男女合わせて大学を含め110チームはいかにも弱々しい。偏る人口の構造。日本ハンドボール界の厳しい現実が明らかにもなった。
国際ハンドボール連盟(IHF)は9月、ハンガリーで初の世界女子11人制選手権を開くが、参加はヨーロッパの4ヵ国にとどまる(優勝はハンガリー)。内外期せずして「女子」の今後が課題として浮き彫りにされた。
第29回は8月21日公開です。
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