女子アスリート健康相談室Vol.4 ピルとはどんな薬?
近年、女性特有の課題が取り上げられることが多くなってきました。みなさんも女性の身体について正しい知識を身につけ、より素敵なハンドボールライフを送りませんか? 弊誌『スポーツイベント・ハンドボール』2019年12月号から20年6月号まで連載していた婦人科スポーツドクターの高尾美穂先生による「女子アスリート健康相談室」を全文公開します。第4回目は、ピルについて。
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第4回では「ピル」について、詳しく学んでいきましょう。ピルには、中用量、低用量、超低用量がありますが、今回は、低用量・超低用量ピルをメインにお話しします。
さまざまな症状に対し効果を発揮する低用量ピル
ピルというのは、生理を起こす女性ホルモンである、エストロゲンとプロゲステロンが1錠の中に入っている薬です。1日1錠この薬を飲むことによって、エストロゲンとプロゲステロンがすでに身体にある状態を疑似的に作ることができます。そのため、排卵を起こすきっかけとなるエストロゲンのピークがなく、排卵も起こりません(生理の仕組みについては第2回を参照してください)。
その後、飲むのをやめると、両方のホルモンがない状態となり、身体は普通の生理と同様に出血(消退出血)を起こします。
【図】28日周期における女性ホルモンの変化(例)
このように生理のような現象は起こるものの、排卵はしていないので妊娠はしないため、もともとピルは避妊目的にのみ使われていました。
しかし、今の時代は、女性特有の課題で困っている人たちの治療目的に使う時代になっています。アスリートにとっても、プラスの要素が多い薬です。
生理不順の人は、ピルを飲むことでサイクルを整えられるので、もしかしたら大事な日、例えば試合の日に生理が当たってしまうかもしれないという不安から解消されます。
月経前症候群(PMS)にも効果的です。PMSにはプロゲステロンがかかわっていると考えられています。プロゲステロンは排卵しないと出ないので、排卵を抑えるピルを使用した場合には、生理中かそれ以外という2つの時期しかなくなります。そのため、生理前の時期を恐れる必要がなくなります。
では、月経困難症の人はどうでしょうか?
まず生理は、赤ちゃんのために準備したベッド(子宮内膜)がはがれて身体の外に出ていく現象です。そのため、生理時の出血量は、子宮内膜の厚さが関係してきます。最初に作られるエストロゲンが少し準備し、排卵後に出るプロゲステロンが、一気に子宮内膜を厚くします。
ピルを飲むと、身体の中にエストロゲンとプロゲステロンが少量しか存在しなくなるので、準備される子宮内膜が薄くなります。ということは、出ていく量も当然少なくなります。
さらに、第3回でお話ししたように、生理痛は子宮を握る力が強いと起こります。その握る力=プロスタグランジンは子宮内膜が生むので、内膜が薄ければ握る力も弱くなります。その結果、生理痛が軽くなるのです。
女性特有の課題で困っているとすると、調子のいい時期が短くなってしまいますよね。紹介してきた症状のうち、どれかがすごく重い、または、いくつかが合わさって大変というのであれば、ピルはとても効果的です。
ピルを使用するうえで注意しておきたいこと
それでも、副作用はゼロではありません。一番のリスクは血液が固まりやすくなる血栓症です。しかし、年令が高い人、肥満の人、喫煙者に発症する確率が高く、アスリートには当てはまらない場合が多いので、あまり心配する必要はありません。
あとは、アスリートが使ううえで注意をうながしているのが脱水です。とくに水分補給をしづらい時には、気をつけてこまめに水分をとりましょう。長距離移動時のエコノミー症候群にも注意が必要です。
また、ピルを飲み始めると、身体が変化に慣れるために2ヵ月くらいはかかります。生理中以外に血が出たり(不正出血)、むくんだり、頭が痛かったり、といった症状が10%前後の人に起こります。
ただ、2、3ヵ月経ったらほとんどの人がなくなるので、まずは継続的に飲んでみましょう。オフシーズンに始めて、オンシーズンには問題なく服用できるというのが理想です。
ピルにも種類があるので、数ヵ月続けてもイマイチな場合は、ピルの種類を変えるという選択肢もあります。さらに、ピル以外のホルモン治療もあります。けれども、大事な時期直前のコントロールはおすすめしにくいので、余裕を持って自分に一番合った方法を探しましょう。
なお、継続的な服用で月経をコントロールするのではなく、次の試合に生理が当たることを避けるといった月経移動の際は、一般的に中用量ピルを使用します。この場合、飲んでいる間は生理が来ない状態が作れるので、試合当日まで飲み続けるプランを提案されるケースが多いです。
しかし、入っているホルモン量が超低用量よりも2.5倍くらい多いので、気持ち悪いと感じる人が結構います。そうなった場合には、生理でではなく、薬を服用しているために調子が悪くなってしまう可能性があります。ですから、1つ前の生理をずらすなど、余裕をもって計画してください。
チーム内でも正しい情報共有を
日本のトップアスリートのうち、ピルを使っているのは、12年のロンドン・オリンピック時で7%、16年のリオデジャネイロ・オリンピック時で30%弱と、徐々に増えてきています。しかし、フランスではアスリートの80%がピルを使っていることを考えると、日本ではまだ必要な人に情報が行き届いてないのでは? とも思っています。
私たち医師からピルをすすめる際に、とても不安に思う人がまだいるのも事実です。ただ、チームメイト、とくに海外から帰ってきてピルに詳しくなった選手から「すごくいいよ」と聞いて婦人科に来た選手は、使用に前向きで、服薬を継続することができています。選手間でも正しい情報を共有してくれるとうれしいです。
いまだ、避妊目的のみの薬というイメージを持つ人たちは多く、アスリートに役に立つものであると理解してもらうのは難しいのも現状ですので、まずは本人が納得したうえで、ピルを使用してほしいです。中高生はピルに関する記事を持参して、お母さんといっしょに婦人科に相談するでもいいと思います。
次回はこれまでの内容を踏まえ、女性特有の課題に関する疑問、質問にお答えしていきます。
COLUMN
ピルにまつわるQ&A
日本ハンドボールリーグ所属の女子チームに女性特有の課題についてアンケートを実施。今回はピルにまつわる疑問にお答えします。
Q ピルを服用すると妊娠しづらくなるのは本当?
A そのような事実はありません。ピルの服用をやめれば基本的に元の生理周期に戻り、妊娠も可能です。しかし元どおりになることで、生理不順の人は生理不順に、月経困難症の人は再び生理が重くなることが多いです。ただし、子宮内膜症などの治療のために服用し、長く使っていれば、楽な生理になることもあります。
Q 医師と話して早めに痛み止めを飲むことで楽になりました。今はピルを使うか悩んでいます。
A 早めに鎮痛剤を飲むことは大事です。ピルもぜひ! 今回の解説のとおり、2ヵ月間くらいは不安な時期があるかもしれませんが、「3ヵ月目にはかなり調子がよくなる」と思って飲み始めてみてほしいです。
Q ピルと体脂肪量は関係がありますか?
A 関係ありません。水分量も、脂肪量も、筋肉量も、ピルを飲んだことによる有意差は認めません。
Q ピルを使用しての月経コントロールはどれくらい正確ですか? 出血量を減らすこともできますか?
A 28日周期の薬なら、それに合わせてぴったり生理が来ますし、2ヵ月くらいは出血がないようにする薬もあります。また、出血量も減ります。ピルは不自然なものと思っている人もいるようですが、本文の解説のとおり、ホルモンバランスを上手に管理して、出血コントロールできる薬だと覚えておいてください。
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