AfterラグビーW杯2019を占う、「ラグビーと政治」
フットボール評論家(自称)のおじさんによる、「ラグビーと政治」について。
少し前だが、5月上旬、ラグビー界の世界政府であるワールドラグビーの会長選挙が開催された。その結果が興味深かったので背景と共に説明しよう。
ワールドラグビーは、宗主国である英国系を中心に政治が回る、トンデモ保守政府。そもそもラグビーという競技が英国ではジェントリ、支配階級層の象徴なのだ。持つもの達による既得権益によって支配され、奴らはこのヒエラルキーが変わる事を超嫌っている。
だが、これに対し身内から謀反が起こるという画期的な出来事に発展した。謀反によって立てられた対抗の刺客は、副会長のアグスティン・ピチョット。超保守ジジイ組織の中では若い45歳のアルゼンチン人。
アルゼンチンは非英国系で、日本と同じく過去虐げられた歴史が有り、彼は一部のティア1(身内で貪る伝統国の総称)以外の、途上国が平等にコミット出来るように、弱き者達の代弁者として立候補した。
対し、現職のイングランド人ビル・ボーモント(64)は再選を目指し立候補。
下馬評は当然圧倒的に現職有利と見られていた。
が、支配層のティア1伝統国で分断が起きた。NZ、豪州、南アフリカからなる南半球3ヶ国だ。そこにピチョットの母国アルゼンチンを合わせ謀反を起こした。
支配層ティア1は10ヶ国あり、選挙権のある評議委員会国の中で1ヶ国3票を持っている。
ティア2国は8ヶ国に選挙権があり日本が2票、その他の国は1票の計9票、後は6つの各大陸連盟が2票の計12票。
つまり投票総数51票のうち、クソジジイ伝統国だけで30票を抱えており、ヒエラルキーが崩れるような下克上を起こす意思決定が出来ないようになっているのだ。選挙などというには程遠い仕組みがこのワールドラグビーの意思決定。
ところが先述の通り、その支配の30票のうち12票が謀反するという、岩盤ヒエラルキーが崩れかねない一大事が起こったのが今回の選挙だった。
残った支配層、欧州6ヶ国の18票に、謀反の南半球12票に残りの21票が味方につけば、当然支配層の意思決定は覆される。
当然、欧州のジジイ達は危機感を募らせ、下層の非伝統国達の票の取り込みに奔走した。
結果は、現職28vs新人23。現職のボーモントがティア2国を取り込んで勝利した。
この結果に
「ジジー達の既得権益が優先された」
「改革のチャンスをドブに捨てた」
などと嘆きの声がファンから上がった。
因みに、選挙は秘密投票だが、投票先を明言している国もあり、メディアが各国の投票先を報じている。それによれば、大事な2票を持っている日本は現職に投票したという。
この手の構図、よく保守vs改革と括られがちだが、WR理事として出向している日本協会専務理事の岩渕氏は選挙の件について、
「2候補のマニフェストはどちらも殆ど同じ」
「日本の立ち位置、世界のラグビーの為に出来る事。その両方を考慮して、目指す事の実現に近い方に投票した」
との旨を答えた。
有力メディアが伝えた票の内訳では、被支配層のティア2国が見事に分かれてしまっている事が見て取れる。
「Global game!!」
「A vote for change!」
と、グローバルと変化を口酸っぱく訴えていた新人の声は被支配層に届かなかった。
特に、ピチョットと支持基盤の南半球国にとって、地理的に関係が深い日本、フィジー、サモアは絶対味方につけるべき票で、この4票で勝てていたのだ。それを落としたところに大きな問題がある。
ワシは、過去散々虐げられてきた日本が現職に投票した事を納得出来る。
何故か。理由は幾つかある。
この2人がやろうしている方向性は基本同じだ。現職もこのままではダメな事は分かっている。一番の問題は、支配者達が上位の立場を守る事に拘泥して経済発展を怠り、下の底上げが為されない為にヒエラルキー構造ごと地盤沈下してしまった事だ。そしたら支配者達の中で食えない者達が炙れ、奪い合いが起きたという、何ともみっともない状況が今回の選挙だった。
そんな状況を何とかすべく、前会長時代から岩盤保守を立てつつ改革はしてきた。
その最たる象徴が昨年のラグビーW杯日本大会だ。伝統国以外での初開催。そこで過去最高のTV視聴者数やPV観戦者等の記録を出した日本は当然、リスペクトを受けている。
ピチョットはGlobalやchangeという言葉を具体的に体現する政策を提示出来なかった。
更に過去、対立の欧州6ヶ国の利益を奪うような強引な国際大会を作ろうとして反発を受けたりもし、度々過激な言動をしてきた。
そして、もう一つの大きな要因は、今回の謀反の支持基盤となった南半球4カ国、国名の頭文字から通称「SANZAAR」の存在だ。
彼らが求めているのは、欧州に偏っている利益分配だ。欧州6ヶ国にはシックスネーションズという伝統の国対抗ゲームによる収入があり、地勢的にも経済力がある。しかし南半球の国々は総じてビジネスセンスがなく、豪州はサッカーやオージーフット等の競技に人気を取られ、自国リーグはガララーガ。オールブラックスを抱えるNZですら、今バスケにその人気を侵食され、競技人口が減少している。
因みに大企業に支えられる日本ラグビーの各クラブの経済力は世界屈指である。
金の亡者と化すSANZAARは日本の利益になるようなビジネス付き合いをした事がなく、途上国の発展に自らの手足を動かすような行動もない。
そんな奴らにしがらんでいるピチョットが、本当に途上国の為に手を差し伸べる事が出来るのだろうか。
大きな事実、日本のW杯招致に協力し推進した前会長はフランス人である。
そして、伝統国で唯一、W杯を開催する日本の為にキャンプ地の北九州市と連携し、2年前から交流プログラムを行ない、W杯終了後も北九州市とパートナー契約をして日本のラグビー発展に尽力してくれている国があり、それはウェールズだ。
日本に手を差し伸べている国は欧州である、というのが事実。
この政治背景の大きな教訓は、対立は利益を生むわけではない事と、何より、
弱者を救うには強者の力が必要、という事だ。
実はワールドラグビーも資金は潤沢ではない。欧州6ヶ国は岩盤保守の癌ではあるが、同時に生命維持装置でもある、というのが実情である。その現実を認識せずにスクラップすれば、結局社会が救えないなんて事にもなりかねない。
変え難き岩盤保守を変えるには、外から壊すのではなく、中から慎重に変えなければならない。敵にしてはならないのである。
著名ブロガーのちきりん氏が昔、「人や国が経済成長を続ける理由は、弱者含め誰もが生存出来、生活を楽しむ事の出来る社会を作る為」という旨の事を述べていたが、正にそういう事だ。弱者を救うには余裕が必要で、逼迫する弱者が弱者に手を差し伸べるのは難しいのが現実。
その意味では、対立軸の欧州でも南半球のどちらにも属さず、史上最高のW杯興行実績を出した日本は腐敗し切った救いようのないラグビー世界を変える事の出来るキーマンであるとも言える。
AfterラグビーW杯2019。ルール変更やら世界のカレンダー変更、この世界はまだまだ急激な変化をしていく途上である。