あの日の僕を救った、小さな幸せ
「久しぶり! 最近どう?」
昨年夏。高校時代の友人、内田から。
すべてのきっかけは、その一本のLINEだった。
「元気だよ。そっちはどう?」
返信してすぐ、僕は思った。「嘘をついてしまった」、と。
身体には、悪いところがない。そういう意味では、たしかに元気なのかもしれない。
だけど今の自分を見て、「元気がある」と感じる人は果たしているだろうか。
完全に、まいってしまっていた。
それは何も、連日続く猛暑に対してではない。
4月から始まった、社会人生活に対してだった。
仕事に、希望を見失ってしまっていた。繰り返されるだけの日々に、やりがいを見出すことができていなかった。
もはや惰性だけで、職場と家を往復するだけの毎日。
学生時代に何度となく、死んだ目をして電車に乗り込むサラリーマンを見てきた。
希望なんか、とっくに失ってしまったかのようなその目を見る度に、強く思っていた。
「絶対にこうはなりたくない」
そう思っていた社会人に、たった半年で成り果てている自分がいた。
そんな状態で、モチベーションが上がるはずもなく、当然仕事も上手くはいかない。毎週のようにミーティングで責め立てられ、その度に自分の存在意義を見失っていた。
当時さらに辛かったのは、他にやりたいことが特にないということだった。
今の仕事は、辞められるなら辞めたい。だけどやりたいことも、特にない。だから転職しても、同じような結果になるのではないか。
そんな風に、漠然とした絶望感を抱えながら生きていた。
「バンドやりつつで最初は大変だったけど、最近慣れてきた!」
内田から、返信が来た。
そう。彼は、正社員として働く傍ら、バンドでヴォーカルを勤めていた。
「実は今度また、ライブが決まったんだよね。もし空いてたら、ぜひ来て欲しい!」
内田の所属するバンド、「ソノシータ@」。
彼らのライブには数回行ったことがあったが、なかなか好みの音楽だった。
そもそも、高校時代に内田と仲良くなったきっかけも、同じバンドが好きだったことだ。
音楽の、趣味が合う。そんな内田が作詞作曲をしている。嫌いなはずはないし、応援もしていた。
ただ社会人になってからは、忙しくて行くことができていなかった。
こうして誘われることがあっても、断ってばかりだった。
「その日は空いてる。行くわ!」
僕は迷わずに返事をした。
こうして誘ってくれるのだから。それに、今の内田が作る音楽を聴きたいと思った。
だけど、それだけじゃない。
僕から見て、内田はまさに「やりたいことをやる人」だった。
社会人になって忙しくなろうとも、決してやりたい音楽を捨てるようなことはなかった。その生き方が、どこか自分とは対照的に思えて、羨ましくも輝いて写った。
「やりたいことをやる」彼の姿を、この目に焼き付ければ。クソったれな自分から変わる、何かしらのきっかけを、掴めるかもしれない。
そんな、淡い期待を抱いていた。
そうして迎えた翌週金曜日。仕事を終え、会場に向かう。
一緒に行こうと約束していた友人と、駅前で落ち合った。
この日の会場は、吉祥寺にあるライブハウス。辺りの壁には、ポスターがベタベタと貼られている。
ああ。ライブハウス独特の、雰囲気だ。脈拍が少しだけ速くなるのを感じながら、地下への階段を降りた。
チケット代を払い、ドリンクを交換すると、ライブはすぐに始まった。
黄色の照明に包まれて、ソノシータは登場した。
ああ。オレ今、ワクワクしてる。こんな気持ちは、久しぶりのように思えた。
わずか30分のライブは、あっという間に終わりを迎えた。
「良いライブだったね」
終演してすぐ。友人は、僕にそう声をかけた。
しかし僕は、すぐには応えることができなかった。ただただ、混乱していた。
なんでだ? どうしてオレは、こんなに感動しているんだ?
心が満たされていた大学生の頃とは、響き方が明らかに違った。
それが何故なのか。考えてみても、わからない。ただとにかく、ソノシータのライブは素晴らしかった。
そのポップな楽曲は、僕の心をたしかに潤した。それはまさに、日照り続きの土地に、恵みの雨が降ったかのよう。
久しぶりだった。こんな風に、暖かい気持ちになったのは。
内田と顔を合わせるのがなんとなく恥ずかしくなった僕は、すぐにライブハウスを出た。
だけど家に帰っても、ソノシータの楽曲が耳から離れることはなかった。
特に、3曲目。あの曲に、ガツンとやられた。
なんだ。あの曲の力は。なんなんだ……
気になって、しょうがない。帰ってから、ソノシータの楽曲について調べた。
そうして知ったことだが、その楽曲は『ナノハナ』というタイトルだった。
ナノハナの花言葉は、「小さな幸せ」。まさに『ナノハナ』は、枯れてしまっていた僕の心に、小さな幸せをもたらした。
「小さな」というのが、重要だった。この時はもう、大きな幸せを思い描ける状態ではなかった。
『ナノハナ』で歌われているのは、あくまで等身大の幸せ。自分の情けない一面や、辛いこと、切ないこと。そういったものがあることを認めつつ、それでも自分なりに微笑んでいこうという意志。
そんな飾らない、等身大の「小さな幸せ」なら、こんな自分でも掴めるかもしれない。
僕の心に、失いかけていた希望が宿った気がした。
それ以来僕は、Youtubeにアップされている『ナノハナ』を何度も聴いた。
今まで失っていたエネルギーが、湧いてくるかのようだった。
「近々、飯でも行かない?」
翌月。今度は僕が、内田を呼び出した。
要件は、食事。仕事終わりに、軽く飲みながらお喋りをしようとの誘い。
だけどただ、他愛もない話をしたいわけじゃなかった。「ある決意」をしての、誘いだった。
合流した僕らは、適当に店に入った。着席して、食事をしながら話す。この前のライブの話、最近の仕事の話。
ひと段落して、ついに僕は切り出した。
「ソノシータの曲を、もっと広めたい。
オレに、できることはないかな」
僕は、心に決めていた。
やりたいことがなくて、悩んでいた。そんな自分が久しぶりに、心の底から「やりたい」と思ったこと。
それは、「ソノシータの曲を多くの人に届けたい」ということだった。
『ナノハナ』を聴いて、素晴らしい曲だと思った。
そして同じくらい強い気持ちで、「もったいない」とも思った。
この曲は再生回数1000回前後で、埋もれていいような曲じゃない。もっと多くの人に、届くべきだ。
そんな、もどかしさを抱えていた。
たとえ「余計なお世話だ」と言われようが、もっと多くの人に、ソノシータの曲を聴いてもらいたい。
心の底から、そんな気持ちが湧いてきてしょうがなかった。
そんな明確な「やりたいこと」は、ガソリンとなって身体を突き動かす。
この瞬間、後先なんて考えちゃいなかった。とにかく今は、湧き上がってきたこの気持ちを委ねてみようと、決意して来たのだ。
内田からすれば、突然のことだったと思う。
だけど後から聞いた話では、驚きより喜びが遥かに大きかったという。
一般的に、売れる前のバンドにスタッフなどいない。
どのように宣伝し、どのように知ってもらうか。そういったプロモーションも、メンバー自らが試行錯誤しながらやっているのだ。
そしてソノシータも、その例に漏れずメンバーだけで全ての業務をこなしていた。
そんな中、内田は感じていたという。自分たちの課題は、プロモーションである、と。
たしかに、彼らの作る楽曲はいい。聴いてもらえさえすれば、多くの人に気に入ってもらえるものだ。ひいき目なしで、そう思う。
だけどその「聴いてもらうきっかけ」を作ることに、苦慮していた。どのようにして曲を届ければいいのか、頭を悩ませる毎日だった。
そこで突然友人が、「ソノシータの音楽をもっと広めたい」と言い出した。
こんなタイミングのいい話は、そうそうないのではないか。
ただ、内田が喜んだ理由はそれだけじゃない。
単純に、嬉しかったのだ。自分の作った曲に対して、「埋もれさすにはもったいない」と言ってもらえたことが。
作曲者として、バンドをやっていて、こんなに嬉しいことはなかなかない。
もはや結論に、迷いなどなかったと彼は言う。
驚きの表情はすぐに微笑みに変わり、そしてこう言った。
「ありがとう! ぜひ、一緒にやって行こう!」
翌週。僕はソノシータのメンバーと顔合わせをした。正式に、バンドのプロモーションを担うスタッフとなった。
ソノシータは、まだまだ駆け出し。小さなライブハウスで毎月ライブしても、ギリギリ黒字になるかどうかというところだった。
さらに言えば、バンド活動は何かとお金がかかる。練習の際のスタジオ代や、機材費を考えれば、むしろ赤字。
他のメンバーがそうであるように、仕事をしながらのスタッフ活動だ。
しかも僕は今まで、バンド経験がまったくない。何もかも、初めてのことばかりだった。
SNSを利用した拡散、ラジオ配信、ミュージックビデオの撮影など……とにかく、いろいろなことを繰り返し試している。
今ではメンバーと新たな作戦を考えては、実行に移す日々だ。
「ああ。これからどうしようかな……」
僕は今日も、頭を悩ませる。しかしそれは、決して辛いことではない。
多くの人に、ソノシータの曲を届けるためなら。あの日抱いた感情は、今でも風化なんかしちゃいない。
不思議と、ワクワクしている。それこそ、ライブ前に感じた高揚感さながらに。
バンドのスタッフになる決断をしたとき、少なからず不安はあった。
「仕事と並行してやっていけるかな」、「まったくの素人だけど大丈夫かな」、とか。初めてすぐの頃は、思ったものである。
だけど今は、そんな風に思うことはなくなった。あの頃にはまったくなかった「やりたいこと」が、今はこれほどまでにたくさんあるのだから。
今は小さなライブハウスで演るのが精一杯。だけど加入してから10ヶ月の間に、だんだんとバンドは盛り上がってきた。
今この瞬間のソノシータが、入ってから最高の状態だと胸を張って言える。
今度また、ライブがある。
なんとバンド初の、ワンマンライブだ。
メンバー全員、気合が入っている。会場をパンパンにしてやろうと、息巻いて活動する日々だ。
僕はただ、信じている。
自分にとって、そうだったように。
ソノシータの楽曲が、ライブが、多くの人にとっての「小さな幸せ」となることを。
あなたにとっての、「小さな幸せ」となることを。
来たる10月13日。
あなたと会場で会えたなら、これ以上なく嬉しく思う。
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10月13日(日) お昼の部
「ソノシータ@のギャオスンッ!(ワンマンライブ)〜あなたもわたしもごっつんこ」
会場:下北沢近松 サイトはこちら
開場:11:30
開演:12:00
チケット:
(前売)2000円+ドリンク代500円
(当日)2500円+ドリンク代500円
sonosheeta@gmail.com
※チケットの取り置きは、こちらのアドレス、もしくは僕の方に直接ご連絡ください!
お待ちしております!