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捨てることで、愛を知る。

「あ、シャツが……」

手に取ったYシャツは、着られないほどにシワになっていた。
アイロン、かけたはずなのに……

とある平日の朝。時間がない僕は、焦っていた。
今日もギリギリまで寝てしまった。早くしないと。会社に遅刻してしまう。

急いで服を脱ぎ、オフィスカジュアルへと着替える。
今日は、何を着て行こうかな。考えている時間すら、今は惜しい。
クローゼットの中から、最初に目についたYシャツを手に取った。

袖を通そうとした、その時。
そのYシャツが、シワだらけなことに気がついた。

「え!? なんで……」

僕は動揺した。おかしい。そんなはずはない。
だって、ここにかかっているYシャツはすべて、アイロンがけしたはずなのに……
いや、待て。今は時間がない。とにかく早く家を出ないと!

そのYシャツを早々に諦めた僕は、他のYシャツを取り出した。だけど……

「え、これも!?」

そう。そのシャツも、同じようにシワになっていた。
いったい、どうなっているんだ?

「はあ……」

ため息をつこうが、時間は待ってくれない。僕はYシャツを諦め、無地の長袖Tシャツを着て、上にジャケットを羽織った。

「ああ。時間がない!」

朝は、一瞬のタイムロスが命取り。このままじゃ、電車に間に合わない!
急いで家を飛び出し、最寄り駅へと走り出した。

「ただいま」

22時過ぎ。朝から体力を使ってしまった僕は、ヘトヘトで帰宅した。
ノータイムで、ベッドに飛び込む。
ああ、もう疲れたよ。すぐにでも、寝たい。
だけど、シワ事件の真相を、確かめないと。
なんとか身体を起こし、クローゼットを覗き込んだ。

「ああ。これも、シワになってる」

取り出してみると、どのシャツもシワになっている。
なぜなのか。朝と違い、落ち着いて見てみると、その原因がすぐにわかった。

「服が多すぎるのか……」

そう。クローゼットにかけている服が多すぎるのだ。
結果、すべての服がギュッと押し込められてしまっている。
ハンガーにかけていようが、アイロンをかけていようが、シワになってしまっているのはそのせいだ。

「この間も、たくさん買ったからな……」

社会人になって、二年目。
金銭的な余裕が少しできた僕は、この一年間でたくさん服を買った。
それなのに、捨てた服はごくわずか。結果、クローゼットは服でぎゅうぎゅうになっていた。まるで、満員電車のような状態だ。そりゃ、シワにもなるよな。

当然、この問題は服を捨てれば解決するが……

「どれもまだ、着れるしな」

たしかに、最近着ていない服もたくさんある。だけどどれも、まだ着ることができる。
昔気に入って着ていたやつもたくさんある。捨てるだなんて、もったいない。
買った以上、ボロボロになるまで使う。それが、ものを大切にすることだと、僕は信じていた。

その考えのせいだろう。捨てられていないのは、服だけではない。狭い僕の部屋は、もので溢れかえっていた。
散らかっているわけではないのだけれど、スペースが少ない。収納はどこも、ぎゅうぎゅうにつまっている。どことなく、圧迫感のある部屋だ。
さて。

「どうしたものかな」

この日、結局僕は捨てるという決断ができず、何もしなかった。

翌日。
後輩と営業に回っている際にふと、その話をした。

「ものが多すぎるんだけど、なかなか捨てられないんだよねー」

すると後輩は、予想外の答えを返してきた。

「それなら、オススメの本がありますよ」

「え?」

本? 今の僕に関係あるのか?
突然で、よくわからなかったが、目を輝かせて話す彼女の勢いに僕は押された。

「じゃあ、読んでみようかな……」

「ぜひ! 明日持ってきますね!」

そう言った彼女が翌日持ってきたのは、『手ぶらで生きる。』(ミニマリストしぶ,サンクチュアリ出版)という本だった。
彼女はこの本をとても気に入っているみたいで、嬉しそうに紹介してきた。

「この本は、平野さんと同い年のミニマリストの方が書いたんですよ!」

え? 僕と同い年ってことは、24歳? 随分若いな。
ん? それより……

「ミニマリストってなんだっけ?」

聞いたことはある。だけど、説明しろと言われると、よくわからない単語だ。
思わず、彼女に説明を求めた。

「ミニマリストとは、必要最小限のものだけで生きる人たちのことです」

なるほど。修行僧のような人たちか。
要するに彼女は、「悟りを開いて物欲から解き放たれろ」と言いたいのか?
絶対に嫌だ。僕はそんな、我慢だらけの生活なんかしたくない。
好きなものを買って、好きな服を着て、豊かな暮らしがしたい!

「わかった。とりあえず読んでみるよ」

さあ、お手並み拝見だ。
食ってかかるような姿勢で、僕はその本を読み始めた。
だけど……

思っていたのと全然違った!!
何だこれは。ミニマリストって、我慢ばかりの生活をしている人たちだと思っていた。
限られたものだけで、サバイバルに近い暮らしをしている人たちだと思っていた。

それがどうしてだろう。
限られたものだけで生活しているこの本の著者、しぶさんの生活は、我慢とはかけ離れていた。
ものを何倍も持っている僕の生活より、何倍も豊かで魅力的な暮らしに思えた。
それはなぜか。

ミニマリズムとは、ただものを少なくすることではない。
その本質は、「強調」にある。

「本当に大切な1%のために、99%をそぎ落とす」と、しぶさんは言った。
自分の人生に本当に必要なものにだけ、スポットライトを当てるのがミニマリズムだ。
そしてその、選び抜かれた1%のものだけを、全力で愛する。
余計なものが一切ないからこそ、自分にとって本当に必要で、大切にするべきものが強調されるのだ。

僕は今まで、使えなくなるまではとっておくことが、ものを大切にすることだと思っていた。
だけど、本当にそうなのだろうか。「まだ着れるから」と、ここ最近まったく着ていない服をとっておいたら、クローゼットがぎゅうぎゅうになってしまった。
結果、「今日着たい」と思ったYシャツまで、シワだらけになってしまった。

これは、ひとつの例に過ぎない。
「思い出の品だから」、「昔気に入っていたから」などの理由で、捨てずにとっておいているものが、他にもたくさんある。
そうしてものを溜め込んだ結果、本当に必要なものすら、管理が行き届かなくなっていたのだ。
こんなの、ものを大切にしているだなんて言えない。
ああ。なんだか、今すぐものを捨ててしまいたい気分だ。

「自分が本当に大好きなもの」、「自分にとって本当に必要なもの」だと、胸を張って言えるものだけに、囲まれる生活ができたとしたら。
今よりもひとつひとつを、愛することができるのではないか。
ただ、たくさんのものを持っている今よりも、精神的に豊かな暮らしができるのではないか。

『手ぶらで生きる。』を読んで、たしかにそう思った。


迎えた週末。
予定をばっちり空けていた僕は、季節外れの大掃除に踏み切った。
「今の自分が必要としていないもの」たちに、次々とさよならをした。
台車を使い、家とゴミ捨て場を往復すること、なんと4回。なんだ。我が部屋にはこんなにも、「無くても困らない」ものがあったのか。

当然、思い入れがあったものも、ある。
寂しさがまったくないと言えば、嘘になる。

だけどどうだろう。
厳選されたものだけが残る今の部屋は、
今までにないくらい、たまらなく愛おしい。


ミニマリストしぶ『手ぶらで生きる。』,サンクチュアリ出版


※この文章は、天狼院書店のメディアグランプリにも掲載されています。

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