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「アフターサン」太陽のように眩しかったあの夏の終わり

あらすじ

 両親が離婚し母親に引き取られた主人公のソフィ(11)は、夏休みの終わりに普段は会えない父と二人きりでトルコへ旅行した。
 陽気な父・カラム(31)との楽しい日々の中、時折垣間見える父の苦悩。同時に、ソフィはリゾートで出会う高校生たちとの交流の中で、思春期前期特有の悩みや恥ずかしさ、甘酸っぱい恋などを経験する。
 映画の中には90年代初期の夏を思い出すようなプロップが詰め込まれている。ソフィが遊ぶレースゲームや、DVカメラでのホームビデオの撮影。90年代にタイムトリップすること間違いない。

父カラム役のポール・メスカル。来年公開『グラディエーター2』の主役抜擢。

「過去」と「現在」と「父の苦悩」

 この映画は独特な構成で出来ている。大人になったソフィ(31)が、子供のころの撮った父との夏休みのホームビデオを見返すところから始まる。
つまり、私たちは観客はソフィの視点で物語を追っていくことになる。このホームビデオと実際にソフィ(11)が体験したことが映画の大半を占める。その間に、現在のソフィの描写と父・カラムの苦悩を表す描写が差し込まれている。

 31歳という若さで父となり、離婚、仕事もうまくいっていない。など様々な問題を抱えている。「故郷のスコットランドに戻るの父さん?」とソフィに聞かれるシーンがあり、それにカラムは「スコットランドを故郷と感じないんだ。帰るつもりもない。」と返答している。孤独と貧困のなかで生きるカラム。それでも、ソフィの前では理想の父であろうと振舞う。

ホームビデオ(過去)→現在(31歳のソフィ)→父の苦悩

 この三つの時間軸を交互に見せることで、観客はソフィとカラムが最終的にどうなったかを紐解けるようになっている。そのため、映画全体を通して説明的な部分はほとんどないため、観客は映像に集中できる。人によっては難しく感じる映画かもしれない。しかし、美しいトルコの風景やソフィの感情の描写などかなり細かく、まるで自分も思春期に戻ったかのようなどこか懐かしい感覚になる。かなり、情緒的なシーンが多くウトウトしてしまうこともあるかもしれない。ただ、途中で寝てしまってもそれで映画が分からなくなるということはない。

ソフィ役のフランキー・コリオ。800人のオーディションの中から選ばれた。

思春期のソフィ

 思春期にのころを思い出してほしい。日々の成長の速度は大人に比べると驚くほど速い。夜寝て翌朝おきると背が伸びてたりする。異性を異性として初めて認識した時、世界は一変して昨日まで当たり前に話せていた、父(あるいは母)との会話もどうやっていたかも分からなくなる。
 ソフィは、リゾートホテルで出会った少し年上の男女グループとの交流のなかで、嫌でも自分の未熟さを思い知らされる。ソフィは大人としてふるまうが周りは子供として扱ってくる歯がゆさがある。

「アフターサン」とは英語で日焼けした後に塗るローションのこと

父としてそして一人の青年として

 カラムが30歳の時、ソフィは11歳なので、ソフィはカラムが19歳の時に生まれた子供ということになる。中世ヨーロッパならいざ知らず、現代において19歳というのはまだ子供の枠組みに入る。ティーンエイジャーにして父となることが何を意味するのか。決して若くして結婚することが悪いわけではない。しかし、この映画の中でカラムは、ソフィの父としての側面と、若く自由でいたいという気持ちの間で板挟みとなっている。

 実際のところこうした悩みを抱える人は多いのではないだろうか。かくいう私の母はカラムのような人であった。シングルマザーとなり、自分の生きたいように生きるにはどうしたらいいのか。という思いと、母として大人としてどう私に接するか苦労していたように思える。この映画を通して、あの頃の母の気持ちを少し理解できたような気がする。

いまだこの映画を表す言葉を知らない

結局この映画とはなんだったのか。その疑問に対する答えを知ろうと二度映画館に足を運んだがいまだに分からない。

ただ、一つ言えることはこれは見る人にパーソナルな感情を抱かせる映画ということだ。娘ソフィとしてこの映画を見るか、父カラムとしてこの映画を見るか。
どちらのキャラクターに感情移入するかで映画の種類が変わってくるはず。
これを読んでいる読者のあなたが、この映画をどう見たのか、あるいはどのようにこれから見るのか。とても興味がある。

すばらしい音楽

 この映画の作曲をしたOliver Coatesはロンドン出身のアーティスト、コンポーザー、プロデューサーである。あのトムヨークお墨付きのアーティストであるというのだから驚きだ。
 映画の中の曲はすべて素晴らしかったが、特にエンディングで流れる曲は映画の余韻をうまく引き延ばし、観客にあれやこれやと今見た映画のことを考えさせる完璧な曲調だった。ぜひこの映画の「アフターサン」(日焼け後のローション)として聞いてみてほしい。


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