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身寄りのない入居者が人知れず逝った

都内某区に築40年になるアパートを所有している。バストイレ別の1K20㎡、欲張らなければ客付け容易なドル箱アパート。2022年8月末、このアパートに住むA氏から家賃の振り込みがなく連絡も取れない旨、管理会社から連絡があった。A氏は私がこのアパートを購入する前から居住している70代の男性で、このアパートで暮らし始めてから20年近く経つ。私が購入する前から入居しており、それまでに10年以上未滞納という実績があったため、家賃保証会社には加入していなかった。

「Aさん、これまで20年も滞納なしですよね。急に音信不通となるというのは不可解ですね。」
「実はAさん、6月から2カ月の予定で入院するといって、2か月分家賃を前納しているんです。今年の2月にも同じような申し出があって2か月分前納されたことがあったので、入院が長引いているのかもしれません。」
「几帳面な方ですね。携帯電話や勤務先には連絡がつきますか?」
「携帯電話は電源が切られている状態となりつながりませんでした。勤務先も連絡がつながらず困っているそうです。」
「入院先はわかりますか?」
「心当たりはあって問い合わせもしているのですが、個人情報保護とのことで情報開示に一切応じてもらえません」
「連帯保証人や緊急連絡先は?」
「どちらも不明です。」
「わかりました。ひとまず滞納が確定となる来週まで様子を見ましょう。」

そして9月初旬。A氏とは連絡が取れず、管理会社が警察と一緒に安否確認するとのことで同行。部屋にはA氏こそいなかったものの、不在中に投函されたチラシや手紙が散乱する玄関とは対照的に室内は整然としており、その几帳面な性格を窺い知ることができた。

「部屋、めちゃくちゃ綺麗でしたね」
「そうですね、夜逃げも疑ってましたが入院が長引いている線が濃厚ですね」
「ポストに入りきらずに散らばっている郵便物って、そのまま捨ててしまっていいすか?」
「う~ん、それはやめておきましょう…。とりあえずひとまとめにしておきましょう。」
「あれ、区役所からの郵便もありますね。宛名に『ご遺族様』ってハンコ押されてますけど。」

管理会社の担当者が拾い上げた封筒には、確かに宛名にA氏の名前と『ご遺族様』というスタンプが押してある。発信元は区役所の福祉課だ。

「普通亡くならないとこんなスタンプ押しませんよね?」

さっそく区役所に問い合わせてみたが、ここでも個人情報ということで生死については教えてもらえなかった。さすが全国レベルでガバナンス機能してる。とはいえ、このままでは進捗しないので、こちらの事情を説明すると、区民課につないでくれて除籍謄本の第三者請求ができるよう取り計らってくれた。これで生死が確認できる。

その後、区役所へ出向き除籍謄本を取得したところ、8月下旬に亡くなっていたことが分かった。

「亡くなってました。」
「亡くなってましたか。」
「どうしたらいいでしょう。」
「保証会社に入っていればこういう場合でもお任せできるのですが…ひとまず当社の顧問弁護士に聞いてみます。」
「うちも顧問弁護士いればなあ……。あ。」

そういえば弁護士保険に入ってた。

弁護士保険の相談ダイヤルに電話してこれまでの事情を説明すると、あっさり保険金支払い対象となることが伝えられ、弁護士も紹介してくれた。

「というわけで先生、どうしたらいいでしょう。」
「基本的には、相続人を探して相続をどうするか決めてもらうことが必要です。もちろん、お任せいただければやりますけど…このケースだとおそらくほとんど回収できませんよね。」
「正直滞納された分は諦めています。一刻も早く部屋が募集できる状態にできればいいです。」
「なるほど、方針はわかりました。ただ、これを私が引き受けるとなると、それなりに費用が掛かってしまいます。弁護士保険で賄われるのは着手金のみで報酬金は対象外。今回のケースでは解決したとしてもA氏からはほぼ回収ができないので、その費用はオーナー負担となることが予想されます。あまりお勧めできません。」
「むむむ。スポットで先生のアドバイスを受けながら進めるということは可能でしょうか?」
「それは可能です。一先ず相続人を探してください。」

相続人の探し方は、被相続人(A氏)の戸籍から相続人となりうる人の戸籍を取り、生存してそうであれば住所が記載されている戸籍附票を合わせて取る。戸籍謄本は原則戸籍に記載されている本人、またはその配偶者(夫または妻)、その直系尊属(父母、祖父母等)若しくは直系卑属(子、孫等)しか請求することができないが、契約等に基づく「権利の行使」や「義務の履行」のためであれば第三者でも請求できる。契約に基づく権利の行使を疎明する資料として、「賃貸借契約書」「管理会社による滞納している旨の書面(社判入りの書面を作成してもらった)」「A氏の除籍謄本」「不動産登記事項証明」を持参し説明することで戸籍謄本は問題なく入手できた。

戸籍は本籍地の役所でないと取得ができないため、たびたび本籍地を移動しているとそれだけ手間になることを懸念していたが、請求してみると直系尊属の戸籍は関東大震災や空襲で焼失していたため、そもそもさかのぼることが不可能であった。結果、A氏は生涯独身で子供もなし、兄弟もすでに死亡していることがわかり、相続人不存在ということがわかった。A家は人知れずお家断絶していたのであった。

「先生、相続人いませんでした。」
「なるほど。後続の対応としては、相続財産管理人の選任を裁判所に申し立て、清算を完了させることが正しい流れですが…」
「ですが?」
「今回のケース、費用やその効果を勘案すると、財産的価値のあるものを記録・保管しておけば部屋は片づけてしまっても訴えられるリスクは極めて低いと思います。残された財産が数十万円以上であれば、相続財産管財人の申し立てをしたほうがよいですが。訴えられるとすれば、隠し子など法定相続人がいた場合や国から訴えられる場合(相続人不存在の場合、残った財産の所有権は国庫に帰属するため)がありますが、コストを考えるとわざわざ国が訴えてくることはまずないでしょう。」
「先生すごいこと言いますね。」
「独り言です。」
「……」

というわけで、相続財産管財人の申し立てをするために家庭裁判所へ。
事前に準備した資料を提出し、予納金100万を振込終わったところ。

予納金はかかる費用をあらかじめ収めておくもので、最終的に残ったら返還される。相続財産管財人の報酬として20~30万、明け渡しの費用として20~30万くらいかかるだろうとのことで、40~60万くらい戻ってきたらいいかな。ここから完了するまで半年くらいかかるようだ。空室が募集できない機会損失と合わせると100万くらいの損が出る。みんな、保証会社はケチらず入ろう。なんなら自腹切ってもいいから。


※以下リンクが大変参考になりました。一読推奨。
・賃借人が亡くなった場合の賃貸借契約
・自殺/自然死と損害賠償
・自力救済特約がある場合の残置物処分/原状回復
・高齢者との賃貸借契約書に盛り込むべき条項
等が整理されています。

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