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八女とさくらとお茶の神様

(八女市のコンペ用に書いたお話です)

夏休み、小学4年生のさくらと母は東京から八女市に帰省していた。母は弱視だったが、八女の茶畑の香りを嗅ぎながら、嬉しそうに微笑んでいた。

実家で祖母の入れてくれたお茶を飲むさくらと母。
祖母「あのお茶は見つかったのかい?」
母「ううん・・やっぱりあれは夢だったのかもしれない」
母はさくらに、『昔お茶のとてもいい匂いを感じたこと』『でもそれが飲めなかったこと』を教えてくれた。

「大変だ、大変だ!」
茶畑に住む妖精たちは、さくらと母が戻ってきたのを見て大騒ぎしていた。

ある日、妖精たちがさくらに襲い掛かってきた。
妖精たち「東京に帰れ!」
驚いたさくらは問い返す。「なんでそんなひどいことを言うの?」
妖精たちは答えた。「ここにいたらお前も呪われるからだ」

さくらは、母の弱視の原因が呪いによるものだと知る。
さくら「でも・・夏休みの間は八女市ですごすことになってる」

妖精に導かれ、さくらは茶畑の神様に会いに行く。
神様はさくらを優しく抱きしめた。
神様「どうして戻ってきてしまったんだ、愛しい八女の子よ」

神様によると、特別なお茶が盗まれていたというのだ。
そのお茶は南北朝時代に戦死した人々の魂を鎮めるために必要なものだった。
そして八女の子供たちには産まれた時にそのお茶が振舞われ、その生涯を守った。
お茶が飲めなかった者は死者たちの影響を強くうけてしまうのだ。

「だが、八女の子よ。お前と母が力を合わせれば、そのお茶を取り返せるかもしれない」
お茶はさくらの母に振舞われる時に盗まれた。
さくらの母は飲めなかった八女茶の匂いを強く記憶しているのだ。

夜、神様から授けられた茶葉を、さくらは眠っている母の頭にそっと乗せた。すると、母はお茶の精霊となり、初めてクリアに見える八女の風景に驚き、感動して飛び回った。

さくら「お母さん、昔嗅いだお茶の香りをたどってみて」

その香りを頼りに、さくらは母と黒猫(お茶の神様)と共に冒険を始める。
様々な場所を通って地底の国へたどり着いた。
そこでは一人の女性が赤ん坊にお茶を飲ませていた。

女「許してください。私たちはこのお茶しか飲むことができないのです」
猫になっている茶の神が話しかける。「そのお茶はお前たちのために作ったものだが、この親子にも必要なのだよ」

女が抱いている赤ん坊が口を開いた。「私は死んだ時、まだ赤ん坊でしたが、もう20年以上ここにいます。母さまが私を愛してくれたように、私も母さまを愛しています。そして、この子も母親を愛しているのです。母様この子にお茶を返してあげて下さい」

女性は涙を浮かべながら、茶葉を返してくれた。

女の前にあったお茶が宙に浮き、見えない何かに飲まれると、一人の男性が現れた。
彼は女性の夫で、妻と子を迎えに来たのだ。
三人は光の粒となり、空へと消えていった。

帰り道、さくらの母はぐずり始めた。
「人間に戻りたくない。八女の景色が見えなくなる。さくらの顔をもっと見たい」
朝になったら茶葉の魔法はとけ、人間に戻ってしまうのだ。

さくら「違うよ、お母さん。このお茶を飲んだら、お母さんの眼は治るんだよ!信じて!」

猫から人型に戻った茶の神が、精霊化しているさくらの母を優しくなでた。「辛い思いをさせてしまった。どうか信じて欲しい。さくらは、お前の眼を治すために頑張ったんだよ」

夜明け。朝日に照らされ、魔法が解け、母は人間に戻った。彼女の目には、静かに涙が流れていた。

「おばあちゃん、お茶を淹れて!」さくらが祖母を起こした。
母は不安げに懐かしそうにお茶の香りを嗅ぎ、ゆっくりと飲んだ。
「あぁ…この香り」
少しずつ、ぼやけていた景色がクリアになっていく。

――母の瞳に映る家族の顔。八女の茶畑。
その風景は、これからの新しい物語を映し出していた。

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