蟻酸 第3話
給仕の仕事帰りに、トクジがふらふら歩いているのを発見したシロは、声を掛ける為に近づいてハッとした。別のゾウムシじゃん。まぎらわしい。
「あ。シロじゃんか」
「はい。どちら様ですか?」
「え?」
「え?」
「トクジだけど」
よく見るとなるほど。いつものふざけた感じがなくて、真面目なタイプのゾウムシかと思ったけど。このゾウムシの出来損ないの様な、愛嬌のある顔立ちはトクジに間違いないようだ。漂う気配が真剣そのものだったのでゾウムシ違いかと思った。
「心の中で言え。声に出ちゃってるんだよ」
「あれ?声に出てた?ワリーワリー」
隊長格の用事も気になっていたシロは、トクジを誘って勤務先のアブラムシバーに引き返した。客としてである。
アブラムシバーは空いていて、数匹の解体蟻がいるばかりで静かだった。解体蟻の仕事は、狩猟蟻の持ち帰った獲物を、給仕しやすいようにバラバラに解体する事で、その構成員のほとんどを雌が占めていた。ヘイケアリの尻は雄雌共に固い毛で覆われているのだが、雌達の最近の流行は、尻の毛を全て剃り落として、尻をつるつるの状態にする事だった。シロにはつるつる尻の良さが、さっぱり理解できないが、それでも時折、ちらちらと尻を好色の目で盗み見ていた。
「おい。あんまりジロジロ見るな。変出者と疑われてバラバラにされるぞ」
「見てないよ。お前と一緒にするな」
「俺には密偵としての技術が備わっているからヘーキだよ」
「密偵ね…そうそう。それで一体何の用で呼ばれたんだよ?」
「これは秘密の話なんだけど、誰にも言うなよ」
「密偵がそんなに簡単に話していいのかよ?」
「うるせえな。聞きたくないのかよ?まぜ返すな」
トクジの話によると。
狩猟隊長が言うには、なんでも近頃、狩猟蟻の帰還率が悪くなっていて、一個中隊の数匹が任務中犠牲になる事はよくあるが、中隊ごと帰って来ないなんて事態まで発生しているらしく。唯一帰還した者は精神に異常をきたしていて、何があったか尋ねても、「抹茶モンブラン買ってきて」だの「夜の闇に飲み込まれる」だの「女子アナだらけの水泳大会」だのと、さんざんに訳の分からぬ事を叫んだ挙句に、どう忍び込んだのか。女王の部屋で「貴様がウルトラの母かぁ!」などと騒いでいるところを、大隊長殿に取り押さえられ。触角と手足をもがれた後、外に捨てられてしまい、一向に情報を得ることができない。そこで恥を忍んで、異種族であるがここは、通称「密偵のトクジ」に偵察任務を頼みたい。とこういう事らしかった。
「お前そんな通称ついてたん?」
「ふっふっふ。俺も初めて聞いた」
「そうか。まあ。大変そうな任務だな、怪我とかしないようにね」
「シロ。お前も来るんだよ」
「なんでだよ。行かねーよ」
さらにトクジはこう続けた。
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