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蟻酸 第6話
谷底に下る坂の前に、ヘイケアリと思われる蟻が一匹、谷底を向いて佇んでいる。屈強な体格から推測すると、中隊長なのではなかろうか。背後からトクジが声を掛けてみるが反応がない。恐る恐る正面に回って、顔を覗き込むシロとトクジである。
「こっ…これは」
「ぴぴー」
駆け出して逃げようとするトクジの、長い口を掴んで逃亡を阻止しながらシロは、反応のないヘイケアリの容態を観察した。首の付け根辺りに、致命的な欠損があって、流れ出る体液を止めることは不可能に思えた。とりあえずは、どこか安全そうな葉っぱの陰にでも運ぼうと、若干落ち着きを取り戻したトクジと一緒に、負傷したヘイケアリを運んで行った。咳と共に体液を吐き出しているヘイケアリに、シロは尋ねた
「あの…中隊長殿ですか?何があったんですか?しゃべれますか?」
本来なら殴られてもおかしくない聞き方だったが、それどころではない。中隊長蟻は大きく頷いて、漸う話し始めた
「ゲホゲホゲホ…ぐえ…お襲われた…げえ。ぐほん…よる…やみ…」
「夜の闇?」
「夜の闇の…様に…黒い…蟻達」
「多種族の蟻?そいつらにやられた?」
「…まだ…たに谷底にいる…はず」
「トクジちょっと様子を見て来いよ」
「嫌だ、こんなの聞いてないよ。俺は、なんか獲物が大きくて運ぶのに苦労して中隊の帰りが遅いだけとか。そういうのを想像してたんだよ」
「うるさい馬鹿!ごちゃごちゃ言ってないで行けよ!密偵なんだろ!」
渋々ながら様子を見に行くトクジの背中を睨んで、シロは介抱を続けた。
「…ぐほげほ…城に…知らせろ…た戦う準備…必要に」
「わかりました。必ず知らせます」
シロがそう答えると、安心したのか中隊長蟻はぐったりして、以降は動かなくなった。
戻ってきたトクジに呼ばれて、偵察に参加したシロは、谷底の凄惨な様子と、今まさに惨殺されようとしている一匹のヘイケアリ、その首根っこを強靭な顎で咥えて持ち上げている蟻。その様子を取り巻きで見物している同種の蟻達を発見した。体の大きさはヘイケアリの倍ほどある。夜の闇を鍋で7時間煮詰めました、みたいに黒々としていて、尻の部分はみんなツルツルだった。その数、数千はいるだろうか。取り巻きの内、ひと際大きい一匹が、尻の毛を剃りながら、捕らえられたヘイケアリに言った
「それでも雄なの?だらしない。命乞いしか言わないじゃない」
「お願いです何でもしますどうか殺さないでください離して」
「ああもう胸糞悪いから引き裂いちゃって良いよ。頭と胸とお尻に、3つに分けちゃって」
ヘイケアリを持ち上げた蟻は、「うれしみー」かなんか言いながら力を加えた。抵抗する間もなく、嫌だと喚きながら3つの肉塊にされてしまった。その様子をケラケラ笑って眺める黒い蟻の群れ。戦慄するシロ。恐怖で叫び出すトクジ
「ぴぴぴー!」
「誰だ!」
「ばか!何叫んでんだよ!」
シロは咄嗟にトクジの口を押えるが、時既に遅く。
「あ!あそこ!谷の上!ひっ捕らえろ!」
「やべえ見つかった!」
全速力で逃げ出す2匹であった。