蟻酸 第16話
ようやく笑いが収まったシロ、トクジ、ボウ坊の3匹は、各々の忍術を誉めあいながら上機嫌で歩を進めている。その様子を陰から見つめる瞳がある。視線の主は3匹の後を、一定の距離を保ってついてきている様子だった。
「や?そこにいるのは誰だ!?」
「どうしたトクジ?誰かいるのか?」
「カマキリが戻ってきたの?」
しまった。見つかったか。隠れ身には自信があったのだけど。でもあれ?あんな明後日の方向に呼び掛けている?他の虫がいたのか?
「いやなに忍者っぽいかと思って。言ってみただけだ」
「余計な事をするな!」
「余計な事とはなんだ!でも実際の話。なんだか視線を感じるような感じ感覚があるような」
「言われてみると…さっきからなんか爽やかなミントみたいな香りを感じる」
「僕も感じていた。果物でも近くに落ちているのかと思ってたよ」
やっぱりいつも体臭で感づかれてしまう。嫌になるわ。でも逆にチャンスかも。
「よく気付いたわね!」
声に驚く3匹の前に、一つの発光体が舞い降りてきた。七色のプリズムを放つ発光体に、目を奪われる忍者一同。トクジが忍術を忘れて尋ねた。
「だっだっだ誰だ君は?」
「私はハンミョウのイロハ」
「なんの用だ!?」
「あんた達がカマキリをやっつける所を見たわ。もう本当に感激しちゃった。あのオバハンには、いつか復讐してやろうと思っていたの」
「復讐?なにかあったのか?」
「おとさまとおかさまを食べたのよ」
「おと…両親をか。それは気の毒に」
「でもあんなにオバハンが懲らしめられたとこを見たら、なんだかスッキリしちゃって。それで…」
そして、イロハは意を決して言った。
「私も忍者に加えてくれない!?」
途端に、優位な立場に置かれていると察したトクジによる、忍者面接が始まった。なんでも先の、カマキリとの戦闘を目撃したイロハは、その勇敢な姿に憧れを抱いたそうで。或いは自分も、何かの役に立つかもしれないと思い立ったので忍者に志望したのだと言う。特技を聞かれたイロハは、3匹から少し離れた所に立つと、瞬間的に跳躍。30センチ程離れた地面に着地した。かと思うと、再び跳躍の後、元居た位置に着地して見せた。瞬きする暇もない程に高速だった。また虹色に輝く体表を活かして、周囲の景色に同化して姿を隠す、という特技を披露して見せた。
忍者達はイロハから離れて、ひそひそ相談をしている。不安げな表情で3匹の返答を待つイロハである。ひそひそを終えたトクジが歩み寄って言った。
「厳正で慎重に検討した結果…」
「ごくり」
「採用!」
「きゃー!やったー!うれしー!」
「今日から君は忍者だ。いや…雌だからくノ一になるか」
「くノ一。かっこいい…」
「でもそうだな。イロハという名は優しすぎるかも」
トクジによって改名を余儀なくされた、新たな仲間「カメレオンのお虹」ことハンミョウのイロハであった。
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