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蟻酸 第5話
蟻塚を出た先は、シロが認識を許容できる限界を超えてなお広がっていた。草木がざわめき、乱立している岩々は沈黙を守って、ダンゴムシは徘徊している、けっこうデカくて怖いなあ。急に弱気になってきた事を悟られぬように、シロはトクジにこれから先のプランを尋ねてみた。
「失踪した中隊は、この先の谷に遠征したらしい。兎にも角にもそこの様子を見に行こう」
「お、おう。そうだな」
「そう遠くはないよ。他の虫とトラブったりしなければ。途中で出会っても目を合わせたりすんなよ」
「わかった」
外の世界を知るトクジに対して、「頼りになる奴」と、認識を改めたシロは素直にトクジに従った。途中にすれ違うのはダンゴムシばかりで、トクジによると、被害妄想が激しく、コミュニケーションをとる事が難しいが、害はないとのことだ。その他に一匹だけ、下半身を無くした瀕死のシャクトリムシに出会ったのだが、「グロはNG」や、関わり合いにならない方が良い等と、トクジのアドバイスを信じて通り過ぎようとした時。トクジにならい、明後日の方向を見ながら足早に立ち去ろうとしているシロは、シャクトリムシの何事かの呟きを聞いてしまった。
「ううん…体液が流れ出る…ひっひっひ…夜の闇に…飲み込まれる…うっうーん…ジャンボジェットのパイロットになる事が夢でした」
気がふれている。トクジは既に駆け足だ。でも、あれ?なんか、聞いたことがあるフレーズを。ってちょっと待てよトクジ。あれ?全然追いつけねえよ。ぜいぜい息をしながらようやっとトクジに追いつくシロ。
「お前なにダッシュで逃げてんだよ」
「だって恐ろしかったんだもん」
「だってじゃねえよ、ふざけんな。俺を置いて勝手に行くんじゃねえよ。迷子になっちゃうだろうが」
「ごめんって。もうしないよ」
「それより、あの虫、なんか夜の闇がどうのこうのって。お前聞いた?」
「全然聞いてない」
「なんで聞いてないんだよ。ほら。あの。頭がおかしくなった、唯一生きて帰還した狩猟蟻の話に」
「知らない」
戻って最後を看取ってやれば、あるいは何か情報を、というシロの意見を、トクジは全く受け入れようとせずに、二匹はその場を後にすることになった。先程まで、頼りになると、トクジを尊敬までしそうになっていたシロは、全面的にトクジを信頼するような事になってはいけない、自分ももっとしっかりしなければいけないと、考えを改めた。
目的地の谷に近づくにつれて、周囲の様子が変わってきている。虫たちの気配が一切ない。あれ程すれ違っていたダンゴムシすらも、一向に見かけることがなくなった。それになんだかやたらに、虫の羽やら手足やらが道端に捨てて置かれている。雲行きが怪しくなってきたと感じつつも、口に出してそれを言うと、本当に何か良くない事が起こりそうなので、二匹は周囲を警戒しつつ、無言で進んで行った。