蟻酸 第18話
お虹の活躍によって、ゲンジアリの撃退に成功した忍者集団だったが、当のお虹の様子がおかしい。
「はあはあ。マジでむかついた。クソゲンジアリ。団体行動しか能がないくせに…」
「あの。お虹さん?」
「どうせ行列に2時間も3時間も並ぶような連中のくせに…」
「お虹さんってば」
「なにがホットヨガだ。馬鹿にするのもいいかげんに…」
「いかん。まだ興奮が収まらないようだ」
「子供にナス科トウガラシ属がうんたらかんたらとか歌い踊らせるのはやめろ。イラつくんだよ。…ってあれ?私は一体何を話してるのだろう」
「お虹さん。落ち着きましたか?」
「シロ。それにみんな」
「一度呼吸を整えて。ね?もう大丈夫だから」
「はい。ごめんなさい。私ったら。体臭の事を悪く言われると、我を忘れてしまう時があって」
お虹は落ち着きを取り戻したが、忍者達は疲弊していた。それもそのはずで、ここまで休憩なしで進んできて、おまけにカマキリとゲンジアリと連戦。いかな忍者でも疲労しない方がおかしい。ここいらで一旦休憩を、といって休息する場所を探し始めた。ゲンジアリの進行した道から外れると、隆起した木の根が、丁度屋根の役割を担っている、手頃な休憩場所を発見した。しかしどうやら中には先客がいるようだ。ここは任せろとトクジが様子を伺いに行く。
「こんばんは」
トクジの呼びかけに、むくりと起き上がったのは、1匹の老いたキリギリスであった。
「あ。キリギリスさんでしたか。今日はヴァイオリン弾いてないんですか?」
「あれは絵本の中だけじゃ」
「あ。はい。一応キリギリスに会ったら言う決まりなんで」
「わかっとる。もう飽き飽きするわい」
「ここで今晩一緒に休憩をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わんが、うるさくするなよ」
「ありがとうございます。おーい!みんな!いいってよ!」
「みんな?」
「お邪魔します。あ!キリギリスさんでしたか。今日はシルクハットみたいなの被ってないんですか?」
「あれは絵本じゃ。おとぎ話じゃ」
「おじゃましまーす。あ。キリギリスさん。えーと…今日はスカーフみたいの巻いてないんですか?」
「絵本の話じゃ。無理して言わないでもよろしい」
「お邪魔させていただきますわ。あ!キリギリス!真面目に働け!」
「働いとるわい!」
忍者達は大爆笑。対照的に老キリギリスは疲れた表情を浮かべているのだった。いつの頃からか、昆虫界では、このキリギリスジョークが一種の作法として定着し、このやり取りに神経をやられて自殺するキリギリスも少なくないという。キリギリスにとっては災難。社会の悪習であると言わざるを得ない。迷惑な作法があったものである。
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