![蟻酸](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/16393420/rectangle_large_type_2_238bbc213e226df61e51f853092c4085.png?width=1200)
蟻酸 第7話
2匹は走った。シロは、途中、体力が尽きて走れなくなったトクジを、顎に咥えて、尚走った。雑務蟻とて、立派な蟻である事には変わりない。トクジ程度の体重を、持ち上げながら走る事など、シロには容易いことだった。日が落ち、暗闇で周囲の様子がわからなくなっても、シロは逃げずにはいられなくなっていた。立ち止まると、暗闇の中から、先程の黒い蟻が、ぬうっと現れて惨殺される。そんな妄念が、シロを支配して突き動かしていた。同様の思いを、トクジも感じている様子で、シロが、ふと足を止めて、触角をセンサーとして機能させるべく、縦横無尽に動かし、進む先を警戒していると
「これ!籠もの!乗り物が止まっておる、麿は平知盛ぞ!源の野蛮人共め!「水夫は殺しちゃダーメ」という暗黙のルールがあるのを知らんのか!馬鹿者ども!」
等と、訳の分からぬ事を言ってトクジが暴れるので、シロは完全に方向感覚を失ってしまった。かといって足を止めると、混乱と恐怖が収まらないトクジが、騒ぎ出すので、ヘトヘトのベトベトになりながらもシロは進んで行った。
気が付くと、夜が明けていて、草の隙間からシロに日が差していた。目が覚めても、まだ頭が働かないシロは、暫くの間、ただぼうっと一点を見つめて動かないでいた。そのうちにトクジも目を覚まして、周囲を見回ったり、朝露を集めてシロに飲ませたりと、せわしなく動き出した。ようやく動けるようになったシロは、離れたところで、見知らぬ蝶と何事か会話をしているトクジに気が付いた。蝶は手を振ると、トクジも同じように手を振り返し、蝶がフワフワと上昇して行く様をシロは見上げていた。シロに気付いたトクジが、小走りで近寄ってきた。
「もう動けそうかい?」
「ああ。疲れが残っているけどなんとか」
「そうだろう。どうやら蟻塚から遠く離れた所まで来てしまったみたいだ」
「そうなのか。夢中で逃げたからな」
「そういえば、瀕死の中隊長はどうした?置いてきちゃったけど」
「中隊長は…死んだよ」
「そうか…」
そこまで話すとシロは、昨日の出来事が一瞬にして甦ってきた。トクジの様々な愚行は、この際置いておいて、自分には、やらなければいけないことができた事を思い出した。凶暴で残虐な異種族の蟻。その存在を城に戻って伝えなければいけない。
「蟻塚に戻ろう。急いだほうがいい。帰る方向はわかるの?」
「うん、わかる。モンキチョウに聞いたんだ。その前に落ち着いて聞いてほしい」
「なんだよ。昨日の失態の謝罪?」
「うん、それもある。すまなかった。」
「もういいよ、殴りたいけど。命は助かった訳だし。それより出発しよう」
「もう一つ。さっきのモンキチョウから聞いたんだけど」
「何を?」
「奴らの正体と、向かった方向」
「聞かせてくれ、何者なんだあいつらは?」
奴らはこう呼ばれている
「ゲンジアリ」