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蟻酸 第10話
シズカが叫ぶと、地面が微かに振動を始めた。振動は段々と大きくなって、地響きに変わった。次の瞬間。蟻塚正面入り口から、夜の闇が侵食してきた。ゲンジアリの群れだ。ゲンジアリ達は、皆口々に「あげぽよ」だの「きゃわたん」だの「てんあげ」だのと、心の底から楽し気に、ヘイケアリの虐殺を始めた。ヘイケアリ達は突然の襲撃になすすべなく、次々と体を引き裂かれていった。それでも隊長格のヘイケアリ達は、なんとか兵隊蟻を招集し、上層に繋がる通路に、それぞれの身体を密着させバリケードを張り、敵を待ち構えた。無意味とはこの事だった。シズカの叫びから1分も経たない。黒煙の如く、ゲンジアリで蟻塚内部は埋め尽くされて、飽和状態になり、遂には、収容量の限界を超えて押し寄せて来るゲンジアリによって、蟻塚上層が突き破られてしまった。爆散した上層部分の大穴から、黒い液体の如くゲンジアリが噴出していった。ゲンジアリの中には「もうここ穴掘って横から出ちゃえば良くない?」「ありよりのあり」かなんか言って、実際に穴を開けて出ていく者もあって、蟻塚は最早、単なる土塊となり果てたのだった。その様子をシズカは微笑みを浮かべながら眺めている。彼女の周りだけは、台風の目の様に空間が存在していて、見上げるシズカの目線の先には、大穴から覗く美しい青空が広がっていた。
「エモい……」
シズカは一言呟くと、踵を返して正面入り口に向かって歩き出した。なおもゲンジアリの侵入は続いていたが、モーセが海を割るように、シズカの歩く先には道ができていくのだった。
シロは堪えられずに聞いた
「それで俺たちの女王は!?」
「わからない。本当にあっという間の出来事だったんだよ」
「そんな…」
外が騒がしいことにトクジが気付いて、様子を見に行った。
「大変だ!シロ!表にゲンジアリの生き残りがいるぞ!」
飛び出すシロである。外では、触角を失った1匹のゲンジアリを、4匹のヘイケアリが取り囲んで、罵っていた。
「なんでこんな惨いことをしたんだ!?」
「生きて帰れると思うなよ!」
「仲間を友達を返せ!」
「絶対に許さない」
触角を失っているので、様々な感覚が働かないのだろう。ゲンジアリは大人しく、自らに向けられる罵声をただ受け止めていた。いよいよなぶり殺しにされそうになる所を、シロが制した。
「殺してはダメだ!女王がどうなったか知っているかもしれない」
詰問に対して、薄ら笑いで一言も話そうとしないゲンジアリに、我慢の限界になったシロは
「そうか何も話さないか。わかった。そっちがそういう態度なら考えがある…ウスバカゲロウの幼虫を知っているかい?」
「え?…ちょっと待ってよ」
「やっと話したね。トクジ、以前話してくれたカゲロウの密集地帯はここから近いんだったよね?」
「うん。すぐそこだよ。こいつ投げ込みに行く?」
「いいね。実際どんな風になるか見たいし」
「待ってって!」
「生きながらにねー」
「体液をねー」
「聞いてよ!」
「僕らは散々待たされた。これ以上待たせるなら君にもう用事はないよ」
「アリジゴクはずるいでしょ!あんなのチート性能だよ!タイマンじゃ勝てないよ!わかったよ。アンタ等の女王でしょ?生きてるよ!!」