蟻酸 第11話
ゲンジアリの話を信用するならば、女王はまだ生きている。今ヘイケアリに必要だったのは、希望であった。女王がいなければ、我々は前に進むことができない。
「情報提供に免じて、釈放してやろう。何処にでも行け、二度とここには戻ってくるなよ」
「触角を無くしてるんだから、もうおしまいだよ。向こうでリスカするから」
「どうぞご自由に」
「ホントにするからね!」
呪いの言葉を吐き続けるゲンジアリを残して、シロ達は元蟻塚に戻った。生き残りのヘイケアリを集めて、女王がゲンジアリの巣に、生きたまま連れ去られた可能性があることを、シロが皆に話した。女王が生存している。皆そのことを喜んだが、話が、誰が女王を奪還するか、という段になると、一様に口を噤んでしまうのだった。それも仕方がないことで、かろうじて動けるヘイケアリも、どこか体の一部を欠損していたりと、満身創痍もいいところなんである。
「いやー実際、兵隊蟻の隊長を務めてきた自分の様なものが行くのがベストだとは思うけどね。触角1本、足2本失っているからね。逆に足手まといになりかねない」
「俺なんか尻がまるまるないんだよ。途中で死ぬことが決定している」
「そりゃあ私は足1本しか失っていないけど、無理だよ外の世界に出たこともない解体蟻だし。一晩で死ぬ自信がある」
唯一まともに動けそうなのはと、皆の視線がシロに向けられる。
「途中で思ったよ。これ行かされるパターンだって。わかったよ行くよ。そのかわり…そこのフェードアウトしようとしてるゾウムシ!お前もお供として一緒に来い!」
ヘイケアリの輪から、ひっそりと抜け出そうとしていたトクジは、ギクッとなって
「ちぇーやりやがったな!おかえしのつもりか?」
「いいや。友達は助け合うべきだろ?」
かくして女王奪還のために、元蟻塚を後にする2匹であった。2匹を見送るヘイケアリ残党は
「終わったな。給仕蟻と自称密偵に何ができる」
「使える駒が他にないからな」
「あの凶悪なゲンジアリの群れから、女王を救えるビジョンが見えない」
「そう言ってやるなよ。女王が生きているなら誰かが助けに行かないと」
そんな風に後ろで言われている事などつゆ知らず、シロとトクジは、この実現不可能な任務を、如何にして可能にするか、その前段階としての、現実的な議論を行っていた。
「そんでどうやって奴らの後を追うんだよ?」
「お前はそれでも密偵か?足跡と虫の残骸を辿って行けば良い」
「なるほど。お前も密偵に向いてるんじゃね?」
「密偵…うん。俺たちは兵隊でも戦士でもない。隠密裏に女王を奪還する…特殊工作員…的な…」
「忍者」
「そう忍者!その路線で行こう!俺たちは今から忍者だ!」
「かっこいい!いいね!」
つって2匹はラフな感じで忍者になった。この気持ちの切り替えは、任務を遂行するためには、結構重要である。もしくは、ただテンパっていただけなのかも。