マイルドセブン
僕はあるカードゲームにハマっていた
と、いうより"僕の小学校"がハマっていた
そのカードゲームの中にはレアカードというものが存在し、特別なイベントでしか手に入らないものがある
それも、現実とリンクしたイベントである
それ目当てにわざわざ大金を叩いてイベントを開催する頭のおかしい大人がいる程である
だから、僕は近所のおじさんが結婚すると聞いた時、何がなんでも出席しなければと思った
とはいえ、いとこの結婚式でさえ面倒がって行かなかった僕であるから、親に連れて行けというのも不自然である
そこで、僕は学校の仲間を何人か引き連れてそのおじさんに直接頼むことにした
始めにこの結婚式の話をしたたっちゃんによると、帰り道にいきなりおじさんに話しかけられ、「今度ね、俺結婚するんだ。良かったら来てくれない?」と言われたそうではないか
たっちゃんはこのおじさんと面識が殆どなかったらしいし、僕たちが参加できるなんてあり得ないはずだ
おじさんはいつも僕たちが家に帰る夕方の時間帯、家の外に出てタバコを吸いながら空を虚な目で眺めてるんだ
そして、今日もいつも通りおじさんはそこにいた
僕は仲間の前であることもあって恐怖を押し殺して声を荒げて叫んだ「おい」
おじさんは驚きもせず、ただ表情をそのままに視線だけをこちらに向けた
「お前、結婚するんだってな。たっちゃんが言ってたぞ。俺たちも招待しろ!」
おじさんはしばらくこちらを舐めるように見たあと一言「ああ」とだけ呟いた
それから、招待状が渡された
当日、何か薄気味悪いということで仲間のうち何人かがドタキャンしやがった
あいつらはマヌケだ
僕は、ことの発端のたっちゃんとなぜかついて来たりなの野郎を含めた6人で行くことにした
その集合場所は病院のようであった、というよりおそらく古い病院である
こんなところで結婚式があるのかと少し不安になりながらも、雨脚が強くなるので雨から逃げるように重いドアを開けるとスーツを着た男に地下に案内された
そこは驚くほど白く、清潔感があった
確かにこういったところで結婚式が行われてもおかしくないだろうと自分に言い聞かせるように納得した
そのあまり広くない空間にたくさんの子供たちがいた
おそらく、カード目当てだろう
それからしばらくしないうちに黒い服を着た男がカードを持って現れた
僕たちは必死になってその男の元へ駆け寄った
僕はこう言った「6人で来ているから6枚くれ」すると男は「ではこの中から6枚引いてください」と意外にもカードの束をくれた。僕は調子に乗って10枚以上も引いてしまった
周りからは非難の声が漏れるがその男は物分かりが良いのかそのまま渡してくれた
僕は仲間にニヤッと一瞥してからその10枚以上のカードの束をよく確かめもせずポケットに突っ込んだ
それからしばらくすると急に灯りが消え真っ暗になった
僕は扉の近くに座っていたから扉を開けて帰ろうとしたけど不思議なことに扉は開かなかった
この部屋は地下にあることもあって灯りが消えると光が完全に消え、恐ろしいくらいに真っ黒な暗闇が覆い尽くす
周りからは悲鳴が聞こえ始めた
悲鳴は悲鳴を呼び起こし、連鎖的に悲鳴が増えていき気付いたらこの部屋は恐怖で怯えた子供たちの悲鳴でいっぱいになっていた
僕はとっさにトイレのある方向へ駆け出し、個室へと行った
怖かったわけじゃなかったけど、あの悲鳴の中にいると僕まで恐怖に浸食される感じがしたからだ
トイレの中も真っ暗だった
どれくらいの時がたっただろう
僕は震える身体の動きを止め、存在を消すことに努めながらその場で無限にも思える時を過ごした
何故だがその場にいることを誰にも悟られてはいけない気がしたんだ
しばらくすると外から聞こえてくる悲鳴が少しずつ小さくなっていき、最後の一人の悲鳴が消えた時、急に静寂に包まれた
あれほど耳をつんざくほどうるさかったのとはうって変わって耳にざわざわとした嫌な音が張り付くような静寂がやってきた
僕はそれでも怖くて、いや、それこそ余計に怖くて外に出られなかった
さっきまで外にいた子供たちは全員消えてしまったのではないか、そんなバカげた考えが頭をもたげる
どれほどの時がたっただろうか
僕は一生このままここで過ごすのだろうかという恐怖で頭がいっぱいになり怖くなって思わずトイレの外に飛び出た
相変わらず真っ暗なままだったが、明らかに人の気配がない
声がどこからもしない
それなりの広さを誇っていた部屋に響くのは僕の小さな足音だけだ
僕は再び外へと繋がるドアへと手をかけた
すると、今度はギィィという嫌な音を立てながら開いた
入る時はこんな大きくて不気味な音がしただろうか
バクバクと張り裂けそうになる心臓の鼓動を感じながら部屋の外へと踏み出した
そこには自動販売機が一台あり、その光があまりに眩しく、階段と先ほどいた部屋とをつなぐ小さな空間全体を照らしていた
僕は誰もいないことにとりあえず安堵しながら階段をゆっくりと上がり、“立ち入り禁止"の立て看板を乗り越えて出入口のある地上階へと出た
ロビーの時計を見ると3時を過ぎていた
僕は夜間で入り口を通り家へ全速力で駆けた
家に帰ると親は予想外に泣きながら僕のことを抱きしめてくれた
僕は恐怖と不安から解放された安堵で気づくと子どものように泣いていた
両親によると、一緒に行ったほかの子たちはまだ家に帰ってないという
それから、家に警察が来てあったことを全て伝えた
しかし、警察はただの家出ということで処理をし何事もなかったかのように僕の証言を無視した
それから、5年ほどの月日が経った
僕ももうあの嫌な事件は忘れかけていたし忘れようと努めていた
そんなある日、僕はサッカーの試合中に足に怪我を負ってしまった
選手生命に関わると問題なのですぐに病院へと連れて行かれた
そこはあの忌まわしき事件の起きた病院だった
無意識に避けていただけあって、病院を見るのは5年ぶりだった
恐怖よりも不思議と懐かしさがこみ上げてきた
そして至って普通に骨折の診断がなされ、僕は入院することになった
そこで僕を担当してくれた看護師さんと仲良くなった
まだ若くて20代前半の美しい女性だった
僕たちはちょっとした冗談を言える仲になっていた
こんなに楽しく優しい看護師がいる病院であんなことが起きたなんてあまりに非現実的だと思った
きっとあれは全て夢か僕の勘違いだったのだろう
子供の頃の記憶なんて非常に曖昧なものだ
でも、いや、だからこそ、僕はどうしても真実が知りたくて夜中にこっそり病室を抜け出して地下へ行ってみることにした
もしかしたら全て僕の妄想、夢だったのかもしれない
今まで避けてこの建物自体に近づいていなかったけど、あの場所に行けばきっと真相に近づけるはずだ、僕はそう確信していた
エレベーターは1階までしかなく、地下なんて最初から存在してないんじゃないかとさえ思えた
エレベーターで1階に降りたあと、震える足で裏口の近くへ行くと、確かにそこには見覚えのある階段がひっそりと、隠されたように存在していた
地下へと、深い闇へと続く階段
そのまま降りて行けば闇に吸い込まれて戻ってこれないのではないかと錯覚するほどだ
そして階段の一番上には見覚えのある"立ち入り禁止"の看板
僕はあの日のようにゆっくりそれを跨ぐと、階段を少しずつ降りていった
僕は5年前と変わらずそこにある扉とそれを照らす自動販売機にあの日のことは全て現実だったと確信した
それから、扉をゆっくりと開けた
すると驚くべきことに、扉を開けるにつれ、扉から眩い光が漏れ出すではないか
僕は一瞬立ちくらみを覚え、意識が飛びかけた
あの日と同じ光景がそこにあったからだ
壇上には黒い服の男、そしてその部屋にはたくさんの子供たちの姿が…
僕は夢を見ているのではないかと思えてきた
ただ、黒い服の男と子供たちの怪訝な顔がそれが現実であると教えてくれた
「あの、どう致しましたか?ここは立ち入り禁止のはずなのですが」
「あ、すいません。僕も遅れてきたのですが、結婚式に出席したくて…」
そう言って無理やり笑顔を作ると、男ははじめ、不思議そうな顔をしたあとしばらくして一人合点のいったような顔をして笑顔になり
「そうでしたか、それではご着席ください」
僕は困惑しながらも子供たちに加わってその場で座った
しばらくすると、男が“あのカード"を配布し始めた
そして、しばらくすると部屋が真っ暗になった
あの日と同じだ
一体ここで何があったのか
僕はあの時持ってなかったスマホをポケットから取り出し、明かりで周りを照らした
すると、そこでは数十人の大人の男たちが子供達を乱暴に捕まえ、ステージ横の小さな通路へと運んでいた
男たちが僕の灯りに気がつくと一斉にこちらへ走り出した
後ろの扉は当然鍵がかかっていた
トイレに隠れるわけにもいかず、僕は無我夢中で、足が痛むのも忘れてステージ横の通路へと全速力で駆けていった
しばらく走っていると、その通路は手術室と繋がっていたようで、手術中の医師や看護師達のいる部屋へとたどり着いた
みんな、まるで幽霊を見たかのように目を丸くしこちらを見ている
そこには仲の良いあの看護師もいた
僕はその看護師を無理やり部屋から連れ出し、事情を全て伝えた
すると彼女は真剣な目で僕を見て「ありがとう、全て私に話してくれて。あなたが嘘を言っているのではないっていうのはわかるわ。今は手術中だから後でじっくり話を聞かせて。そして警察に行こう。とりあえず今はそこで待機してて」
僕は言われた通り手術の待合室のようなところに座っていた
でも、やっぱり居てもたってもいられなくなって手術室へ再び向かうことにした
さっきは気がつかなかったけど手術台の上に乗せられているのは小さな子供だということに気がついた
お腹をパックリと開けられてあらゆる臓器を取り出されている
手術室にはたくさんの臓器の置かれた台があった
僕は気がついてしまった
あの部屋にいた子供たちはステージ横の通路を通って外に運び出されていたんだ
そして、あの通路の先はこの部屋…
そこまで考えると気持ち悪くてその場で思わず嘔吐してしまった
仲の良かったあの日消えた友達と目の前の血まみれの子供と生々しい臓器の山が頭の中で混ざり合って嘔吐は止めどなく流れ出た
胃の中のものを全て出し切ってもそれは止まらず、何もない胃の中をそれでも吐き出させようと体が激しく嗚咽するのをやめない
全身で嗚咽し、胃酸が口の中を刺激する
そんなことをやっているせいで目の前に人が近づくのに気がつけなかった
目の前にはあの看護師がいた
それまで僕に優しく微笑んでくれていた彼女は恐ろしいまでに不気味な無表情で近づいてくる
手には拳銃らしきものが握られていた
慣れた手つきで彼女は僕にそれを向けた
僕はとっさに身体を捻った
さっきまで僕の寝転んでいた床に穴が開いていた
僕は強い恐怖感から彼女に突進し、無理やり拳銃を奪った
そして無我夢中で取っ組み合いをしているうちに、気がついたら彼女にそれを向けて指に力を込めていた
一瞬だった
耳をつんざく轟音と共に僕に生暖かい赤い液体が降りかかってきた
彼女は、あんなに優しくて美しく僕に微笑んでくれていた彼女は、僕の目の前で激しい憎悪に満ちた表情のままピクリとも動かなくなっていた
それから、僕は拳銃を手術室に向けながらゆっくりと後退りしていった
流石に彼らも銃の前では手も足も出せないということだ
そして、ある程度距離をとってから走って無我夢中で走った
果たしてどこへ向かっているのか、出口はどこなのかもわからなかったがとりあえず走ることしかできなかった
しばらく走っていると、外の光が見えた
おそらく、医者、看護師専用の出入り口なのだろう
そこにいた警備員を一瞥し、ドアを開けようとしたところで背中に何かが当たる感触がした
迂闊だった
まさか警備員までもが銃を携帯しているとは思わなかった
僕はどうすることもできず、再び地下へと連行された
今度は地下2階だった
鍵を使って重々しい扉を開けると、その先に地下2階へと繋がる長い階段が現れた
僕はそこで不思議な部屋に入れられた
中には二段ベッドが部屋を取り囲むように置いてあり、ベッドにはぎゅうぎゅうにガリガリに痩せた子供たちが押し詰められている
子供たちはひどく怯えているようだった
よく見ると、この部屋の鍵を開けて僕を部屋に押し込んだ大男は大きな猟銃のようなものを持っている
どうやらこの男がこの部屋を管理しているようだ
そして男は逃げようとするとお前もこうなると言って見せしめに近くにいた子供を撃ち殺した
子供達が何語を話しているかは僕にはわからなかった
もしかしたら言語を取得していないだけなのかもしれない
つまり、生まれた時からこのような環境で育てられ、言語というものに接する機会を得ず、そのまま言語機能を獲得することができないまま成長してしまったのではないかと思うのだ
というのも、彼らの発する言葉が言語にしてはあまりに短く殆ど叫び声のようなものに聞こえるからだ
また、互いに会話?をしているのを観察していても意思疎通ができているとは思えず、殆ど暴力でコミュニケーション?をとっているようにしか見えなかったからだ
また、よく見ると壁や床のあちこちに赤い染みがあり、先ほどのような残虐行為は時折行われているようであった
僕はポケットに銃が残っていること、そして彼が撃ち殺した子の死体が床に放置されていることを幸運に思った
「おい、お前ら、飯の時間だぞ
と言っても、お前らは俺が何を言ってるかは理解できないだろうがな」
そういって大男は扉を開けると、子供たちは部屋の隅に固まっており、中央に位置するベッドが真っ赤に染まっているのを発見した
こんなことは今まで初めてだ
ベッドを新しくしなければいけないことにイライラを募らせながら、そのベッドの上の赤い染みの原因が先程の若造であることを確認した
いや待てよ?自殺するにしても道具が無いではないか
子供たちに撲殺されたとしたら、なぜ子供たちはこの男のいるベッドから距離を取っているのだ?
理由は明白だ
これは偽物だからだ
この男は愚かにも俺を騙そうとしたわけだ
おそらくさっき殺した子供の死体を使ったのだろう
そしていきなりガバッと飛び起きて俺に飛びかかって逃げる魂胆なのだろう
あまりに浅知恵だ
よし、俺が今楽にしてやろう
できるだけ生かしておけと言われたが、俺をここまでコケにしておいて生かしておくわけにはいかない
大男が猟銃を構え、男の頭に狙いを定めた次の瞬間、大きな銃声が部屋に響き渡った
「はぁ…はぁ…
なんとか、バレずに殺せたようだな…」
全裸の男は入り口付近のベッドの二段目から機会をうかがっていたのだ
相手はかなりの大男である
拳銃を一発当てたところでしばらくは動き続けるだろう
おまけに猟銃まで持っている
反撃されれば命はない
そこで彼は先ほどの子供の死体に自分の服を着せ、あとは古典的ではあるが枕を布団の中に入れ17歳の男として自然な膨らみをつけて、大男を確実に殺せるようにしたわけだ
男は2,3度指に力を入れ、大男を確実に殺した
そして、猟銃を奪い部屋から駆け出した
今度は足音を立てずにゆっくりと出て行き、警備員を猟銃で殺した
そして警備服に急いで着替え、今度こそようやく病院から出ることができた
何十分か走り、ようやく繁華街が見えてきた
何も知らず何も考えず、のうのうと平和な日常を謳歌している人々の中に身を溶け込ませると、なんだか大きな安心感に包まれた
そのまま近くのコンビニへと入り、僕はマイルドセブンを買った
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