COVID-19と集中治療後症候群(PICS)
Summary
・重症患者の生存者の大多数は、集中治療後症候群(PICS)を発症する。
・PICSは3つの領域(認知、精神衛生、身体機能)のうちの1つまたは複数の領域において、重症後に新たに障害が生じたり悪化したもので、退院後も持続するものと定義される.PICS-Family(PICS-F)は、ICU患者の家族が経験する精神的健康障害である.
・PICSは数ヵ月から数年にわたって持続し、生活の質を著しく損なう可能性がある.このような障害は患者の職場復帰能力に影響を与え、介護者の負担を増大させ,重症患者の経済的負担を増大させる可能性がある.
・一般的に,重症患者の生存者は、健康関連の生活の質が低下し,再入院のリスクが高くなり,長期的な生存率が低下することがわかっている.
・しかし,COVID-19後にPICSを経験する患者がどれくらいいるのかは現在のところ不明である
・重症患者,ARDSおよび長期間の鎮静/不動状態を経験する患者の増加を考えると,ICU後の長期的な障害を経験している患者とその家族の多くの集団をサポートする準備をしておく必要があるかもしれない.
Post-intensive care syndrome (PICS) とは?
集中治療後症候群(PICS)という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
簡単に言うと,死にかけてICUで治療をうけ,なんとか生存できたものの,その後も大変っていう話だ.
PICSとは,重症患者の退院後に,認知,精神衛生,身体機能(まさにQOL)の3つの領域のうち少なくとも1つにおいて新たな障害または悪化した障害Needham et al.
と定義されている.ちなみにこのNeedhamはICU界隈の理学療法研究の大家(むかし私はニーダマンだと思っていたがニーダムだった.)
まさに認知,精神衛生,身体機能とはまさにQOL:生活の質が障害されるのである.
PICSは結構起きている.
PICSは非常に一般的であり、しばしば重症化して持続すると言われている.ICU生存者の大多数は、退院後12ヵ月後に少なくとも1つのPICS領域で障害があるが,20~50%は複数の領域で持続的な障害を経験する可能性がある(Maleyら、2016年;Marraら、2018年;Needhamら、2013年;Pandharipandeら、2013年;Jacksonら、2014年)
PICS発症の危険因子は様々であるが,疾患の重症度,入院期間,および長期間の鎮静,せん妄の持続,人工呼吸,敗血症およびARDSが独立危険因子であると言われている.(Iwashynaら、2010年;Mikkelsenら、2012年)。
PICS-Familiy(PICS-F)というのもある.とくに家族ケアの台等により,もともと認知されていた体験がPICSにまとめられたという経緯がある.
PICS-FはICU患者の家族または介護者の精神的健康の障害である.
愛する人の重篤な疾患の後、数ヵ月から数年にわたって続くことがあり,PICS-Fは,不安,抑うつ,複雑な悲しみ,睡眠不足,心的外傷後ストレス障害として現れることがわかっている(Davidson, Jones, and Bienvenu 2012).
PICSになったら…
重篤な疾患の生存者とその家族は退院時には仕事を失っていることが多く,入院費用とこれからの収入の喪失という,経済的負担を経験している.
これは,医療費,健康保険加入の欠如,またはICU後に患者を借金や破産に追い込む可能性のある医療の他の経済的側面に関連した負担と定義される(Kamdar et al.2017; Hauschildt et al.2020).彼らはまた、PICSの結果として家族の絆や対人関係に変化が生じ,家族が介護者としての役割を果たす必要性が増えることも報告している.これらの課題はすべてICU生存者とその家族の回復と福祉にとって大きな課題となっている.
PICSをどうやってみつけるのか?
PICSはその領域ごとの有効なスクリーニング手段を使用しなければ明らかにならないことがある.
1)認知機能障害
認知機能障害のスクリーニングはには,
・Modified Mini-Mental State Examination(MMSE)
・Mini-Cog,またはMontreal Cognitive Assessment(MoCA)
がある.(Nasreddine et al. 2005)。
これまでで最大規模の観察研究である画期的なBRAIN-ICU研究(Pandharipande, Girard, and Ely 2014)では40%が退院後3ヵ月の時点で認知スコアが母集団平均より-1.5SD(中等度外傷性脳損傷の場合と同様)であったと報告している.12ヵ月後のフォローアップでも、障害の存在が認められている.
2) 精神障害
PICS の最も一般的な気分障害には、不安(過度の苛立ち、心配、落ち着きのなさ)、抑うつ(疲労、興味の喪失、絶望感、不眠、食欲不振)、心的外傷後ストレス障害(PTSD;フラッシュバック、体験の強制回想、激しい不安、多動性)がある.(Mikkelsenら2012;Wunschら2014;Patelら2016).
どのような評価ツールが適しているかはまだ良くわかっていないが,PHQやPTSD尺度が用いられていることが多い.後輩もこれで研究していた.
3)身体障害
PICS患者は,全身的な筋力低下や運動障害から四肢麻痺に至るまで,ICU後天的な筋力低下を示すことがある.合併症としては、転倒や日常生活動作や日常生活用具の使用ができなくなることもある.また,栄養不良,体重減少,または長時間の不動による拘縮によっても障害が悪化することがある(Needhamら2013;Fanら2014)
COVID-19ではどうなのか?
重症COVID-19ではARDSは、長時間の換気(Ziehrら2020;Cummingsら2020)および深い鎮静を必要とすることがあり,せん妄も起きるため,PICSのリスクと考えられる.また,COVID-19のARDS患者では,神経筋遮断薬による治療を受けることがあり,これは早期離床の遅れと関連している.隔離,面会制限などの影響が強い,重症COVID-19集団事態に新たなPICS,PICS-Fの危険因子があるかもしれない.
COVID-19におけるPICS対処
これらに対処するために,医療者はABCDEFバンドルの構成要素を確実に行うこと,個人防護リソースと感染管理の間で、理学療法および作業療法による早期の離床を行うこと,基本的な人工呼吸の管理が求められる.せん妄管理では抗精神病薬は,多動性せん妄または活動性低下せん妄のいずれにおいても転帰を改善することが示されておらず,その使用は最小限にとどめるべきである(Girard et al. 2018; Page et al. 2013).多くの病院ではタブレットを用いた家族コミュニケーションを用いており,これらのインフラ整備も必要になってくる.
退院した後は重症患者の失業や経済的な問題に対して,ソーシャルワーカーや自治体による生存者サポートが必要であろう.
まとめ
重症COVID-19になってしまう,それ自体が大変なことだが,生存したのちも多くのことに悩まされるかもしれない.ICUのARDS患者にはPICSが高い頻度で報告されており,COVID-19によるあARDSでも同様かそれよりも多いPICSが起きる可能性がある.ICUにおける基本戦略だけでは到底解決し得ない問題であり,ICU外でのPICSの認知と戦略を検討していく必要があるだろう.
重症患者の生存者の大多数は、集中治療後症候群(PICS)を発症する。
・PICSは3つの領域(認知、精神衛生、身体機能)のうちの1つまたは複数の領域において、重症後に新たに障害が生じたり悪化したもので、退院後も持続するものと定義される。
・PICS-Family(PICS-F)は、ICU患者の家族が経験する精神的健康障害である.
・PICSは数ヵ月から数年にわたって持続し、生活の質を著しく損なう可能性がある
・このような障害は患者の職場復帰能力に影響を与え、介護者の負担を増大させ,重症患者の経済的負担を増大させる可能性がある.
・一般的に、重症患者の生存者は、健康関連の生活の質が低下し,再入院のリスクが高くなり,長期的な生存率が低下する.
・COVID-19後にPICSを経験する患者がどれくらいいるのかは不明である
・しかし,重症患者,ARDSおよび長期間の鎮静/不動状態を経験する患者の増加を考えると,ICU後の長期的な障害を経験している患者とその家族の多くの集団をサポートする準備をしておく必要があるかもしれない.
・PICS発症の危険因子には、ショック,人工呼吸,長期間の鎮静,せん妄,および長期間の不動が含まれる。
・ICUでは、疼痛/興奮/せん妄の評価と管理,鎮静の最小化,自発的な覚醒と呼吸,早期の離床,および家族の関与が患者と家族の転帰を改善する可能性がある
・退院後のICU後の診療所やピアサポートグループが重要な役割を果たす可能性がある.