名前のない木 23章 本質
謎の本質
これまでは揺り椅子に深く腰掛けていた祖母は、背もたれがない簡素な椅子に座っていた私を横目に、くの字に曲がった腰をさすりながら、一度立ち上がり、浅く座り直す。
向かい合って座っていた私に祖母の顔が近づいた。
〇〇(先祖の名前)さまは分かるよね?
「分かるよ。元々はクヌギの木に名付けられていたけど、
その木で事件があったから、新たに植えられたサクラの木に名付けられた
ご先祖様だよね」
〇〇さまは、ほんとに波瀾万丈な人生を送った方でね
(祖母は見てきたように話すが、祖母から見ても14代前のご先祖さまなので、これは一族内で口伝で継承されてきた中のストーリーの一つである。)
戦国時代末期、武士の先代の三男として生まれ、身体的にも恵まれて武道と学問に熱心に励んでいたそう。小さな戦への参戦を何度も繰り返すのが主体だったが、のちに歴史的な大きな戦となった戦地にも赴いて、死線をくぐり抜けてきた。特に馬上での槍と弓が得意だったこともあり、他の武家から婿養子としての打診が多かったみたいだけど、次期当主の長男は子を作る前に戦地で亡くなり、次男は疫病に罹り長くは生きられないだろう、ということで三男の〇〇さまを次期当主に、って流れになったそう。
三男の〇〇さまは、『次男の兄様がご存命であられるのに、自分が次期当主とはなにごとか』と強い意志で固辞し続けたそうだけど、当主だった父と床に臥せている次男ご本人からも説得をされ続け、最後には次期当主として引き継いだ、ということになっている、と話したのは覚えてるかい?
「覚えているよ」
以前、この話が語られたときの録音データを聞き返しているので、
実際に覚えている。
――この話にはいくつか出来事を伏せてあるんだよ
私たちの代でこの話は継承しなくても良いだろう、
私とお祖父ちゃんの間で、そう決めたことだったんだけどね・・・
やっぱり話さなきゃいけないことになるのは因果なもんだねぇ
祖母はしみじみとした表情を浮かべる
「話の大筋は今、伝えたとおりなんだけども」
〇〇さまは非常に頑固な性格だったこともあり、当主の父の説得では全く頭を縦に振らなかった。当主は、時間を掛けて改心させるよう、事に当たろう、と方針を変えた。
ところが、勲功を残した〇〇さまには、とある大名家の姫とのご婚約話まで出てきたことで、当主が考えていた時間的猶予がなくなってしまった。
ご病気だった次男の兄様は、早期にご結婚なさったことで、子が出来たものの、やはり病気がちなご子孫ということもあった。
次男の兄様は自ら、『弟の〇〇さまに家督を譲りたい』と願い出るが
〇〇さまは頑として御申し出を受けられない。そこで―――
「ご病気を苦に、ということも背景にあったのでしょうが、
次男の兄様はご自身で自死をなされた。」
――私は言葉が出なかった
〇〇さまは、自分が兄様を追い込んでしまったのだと、ひどく落ち込み、悩み、自分を責め続けたそうでね。それで、次男の兄様の意志を継承し、次期当主を引き受けられたそう。大名家の姫とのご婚約をお断りしたことで、そうとう苦しい立場になられたそうだけど、平和になるであろう時代を見据えて、これからは武士としてではなく、この地域の名士として地域の発展に余生の大半を費やしたそう。
祖母は一息つく。
これが私たちのご先祖様でね、今も続いている旧本家は、その次男の兄様のご子孫の血統にあたる。病気がちだった旧本家のお子さんへの奉仕の精神が、寺社を手厚くしたり、色々と村の人々のために世話をやくことに繋がって、今の私たちの家訓の一つとなっているのも、これが背景にあるでねぇ。
そうこうしているうちに、うちの一族は、地域の農業安定のために種屋の商いやら、畜産の安定やら、沼地や河川やらの都市整備やら、色々な事業に関わっていって、気付いたら武家というより商人になっていったそうでね。
なんで、お爺さんが子どもの頃、〇〇さまのクヌギの木で自殺した人が出たときは、
『なんとバチ当たりなことが。〇〇さまがお怒りになられる』
という話で旧本家も含めて騒然となって、お爺さんのお父さん、お前のひいお爺さんにあたる人が、慌てて住職やら神主やらを何人も呼んで手厚く鎮魂、ご供養をしたってことになるでね。
この出来事は住職の間でも継承しているからねぇ、今の住職、あぁ、もう前の住職になったんだっけかね?
『台風の日にまたクヌギの木で騒動があった』
という祖父からの連絡を聞いて、次の日の早朝にすぐにご訪問されてきたんでね。
縁側で説明しているところに、お前が居合わせた、ということだね。
―――ほんに、因果な話だね
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