形見
僕の家、正確に言うと僕の父親が建てたこの一軒家の2階には父系の祖父母が暮らしていたが、今からだいたい10年くらい前に2人とも脳梗塞でテンポ良く次々と他界してから今では週に一回掃除をされるだけの空間となった。
僕はヘアセットがめちゃくちゃ苦手なだけでなくワックスを購入するのも下手くそだ。好きな色が黄色だからという理由によるパケ買いや勘違いで買い間違えた要らないワックスを10個ほど持ち余している。全てのワックスがクサいかシャバシャバかのどちらかである。どちらもではなくどちらかである。
パッケージが気に入って買っちゃうなんて失敗をあと何回繰り返せば気が済むのだろうか。
それはそうとまあ、たまには髪の毛をセットしてみようかなと思う日もあるものだ。僕が多感な21歳の青年であることは間違いない。ドライヤーやアイロンで髪の毛をいじくり倒して水のようなシャバシャバなワックスを手に馴染ませ髪の毛を触ったときにふと思い出したのである。
「そういえば、2階の洗面台にヘアスプレーあったな...」
そう、今は亡き祖父母が使っていた洗面台に10年以上遺されている形見の存在に気が付いたのだ。
博識な僕はヘアスプレーとは一度決めた髪型を崩れないように固めるために使われるものであるという程度の知識は当然備えてある。SPIには出題されない一般常識だ。
ここから僕の思考は確率変動に入った。つまりだ、ドライヤーやアイロンで何とか形になった髪型を水のようなシャバシャバなワックス(以下シャバックス)で若干の補強をし、最後にスプレーで固めて仕舞えば良いのではないだろうか。これは名推理だ。これこそが名推理だ。
さっそく実行した。すると、おそらく10年以上前のものであろう祖父母の形見は見事その真価を発揮し、前髪のアーチは家に帰り着くまでしっかりと維持されていた。
祖父母の形見は一族の次期頭首である長男の元へと引き継がれた。
ありがとう、じいちゃんばあちゃん。
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