あるデジャヴ。雨の午後・○○区○町。
私の目の前にネイビーブルーのベレー帽が浮かんでいた。
そのくぼみに雨の粒がいくつも集まって水たまりを形成しようとしている。ネイビーのベレー帽に透明なビー玉をたくさんのせたようなビジュアルを
ぼんやり眺めつつ冷たい雨の中を進んでいた。
それがちいさな女の子のポニーテイルの頭の後ろ、
背中の上に載っかっているベレー帽
だということにようやく気付いた。
ひな祭りも過ぎたある日の午後
降り始めた冷たい雨の中
私は傘をさしてコートの前をぎゅっと閉めて
足早に家にいそいでいた。
こんなに寒くなるならもっと厚着してくるんだった。
私の10歩先に
俯いて困ったようにとぼとぼ歩く女の子
小学校3-4年生かな。
反射的に「かぜひいちゃうよ!」と傘をさしかけた。
「うん」とうつむいたままでだまって傘に一緒に入ってくれた。
「どこまでいくの?」
「あそこのつきあたり」
「じゃそこまで一緒行こ」
ここでやっと
「あのね、学校の机の引き出しに
おりたたみの傘、わすれてきちゃったの、、、」
と蚊の鳴くような声で告白してくれる。
「あらら、私もよく忘れるよ」
つきあたりにさしかかって
「次どっちいくの?」
「右にいく」
「あ、じゃあ一緒だね」
右に曲がって通りに出た。
「お家まであとどれくらい?」
「あともうちょっと」
「そしたらあそこの角まで一緒にいこう」
「じゃ、ここで大丈夫?」
「うん」
「帰ったらお母さんにタオルで拭いてもらってね」
「うん」
「風邪ひかないようにあったかくしてね!」
「うん」
と、このとき
ずーとうつむいていた子が
ぱっと顔を上げて
くしゃっとした笑顔を私に向けてこう言った。
「ありがとう!」
その笑顔に私はなぜか懐かしい気持ちが込み上げた。
数日たって思い出した。
ユキちゃんは
私が東京に越してくる前 (小学低学年だったころ)
2年間ほど文通していた1度も会ったことのない東京の女の子
私は数年前この街に越してきて
偶然彼女の住所の近くだと気付いてはいたが
もちろん別に連絡しようとかそういうことはなかった。
ユキちゃんの写真を1枚だけ持っていた。
自分の写真と交換したっけ(スマホに縁のない時代)
当然その写真はとっくにどこかへ消えていたが
記憶にはずっと残っていた。
雨の中のちいさな 女の子の笑顔はその写真の
ちょっと不器用そうに笑うユキちゃんと
シンクロしていた。
そして彼女が勢いよく駆けていった先は
文通のユキちゃんの住んでいた家の住所の方向だった。