お礼のメール
「 驚く程昔の父でした。私も母もお礼の言葉も見つかりません。」
2年前の10月。台風の中伺った御予約。
到着し、荷物を運び入れ、お料理を始める。
お父様はニコニコと私の調理の様子を御覧になっていた。 席に着かれ御家族と談笑されながら料理が運ばれるのを待っておられた。
前菜を運びコースが始まる。皆様のグラスにはワインが注がれていた。
お父様は終始楽しそうに、ご自身が働いていた頃の思い出を御家族に話しておられた。
御予約前の打ち合わせで、お父様はその日のコンディション次第ではカトラリーを上手に使えないかもしれない。と言われていたが、とても認知症を患っておられるとは思えない程お父様を中心に幸せな笑いに包まれた食卓がそこにあった。
後片付けも終わり、ご挨拶をすませると。打ち合わせのやり取りをさせて頂いていた娘さんが目に涙をいっぱいためながら、「ありがとうございました」「ありがとうございました」と何度もお礼を言って下さった。
自宅に帰り、機材の消毒等の後片付けをしているとメールの着信音。
「今日の父は認知症になる前の父に戻ってました。数年間見ていない姿です。驚く程昔の父でした。私も母もお礼の言葉も見つかりません。美味しいお料理が父を蘇らせて下さいました。シェフのお力です。」
違う。
僕の料理の力なんかじゃない。
一緒の空間にいるだけで幸せな気持ちになる程お父様を中心に愛が溢れていた。
もし仮に私の料理が何かをしたとしても小さな小さなきっかけに過ぎない。
御家族皆様がお父様を心から大切に思っておられる事が、事前の打ち合わせから、そしてその日の食卓から溢れる愛で伝わってきた。
互いが互いを想う気持ちが、お客様が言う「奇跡のような時間」を生んだ。
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