スピ旅悟りと気づき
この世に生まれて
🟣5歳物心ついた頃わたしは何故ここにいるのか?空を見て帰りたいと不思議な気持ちでいたことがあった。学校から帰ると押し入れの中に入り込んで襖の少しの光と暗い世界を楽しんでいた。親は夕方になると「どーせ、ここだろ」と言って押し入れを開け、私を探す日々が続いた。
🟣10歳まで何故かコミュニケーションをとることや話をしなくても人との会話や交流は通じると思っていたから私は話をすることはしなかった。常に頭の中で観察して誰がどの立場で話しているのか、それを見ている人の言動を楽しんで観察していた。そんな私のことを家族,学校の先生は私を自閉症と思っていたらしい。
小学2年生の頃担任の先生は毎日のように私の家に来て私の様子を気にしてみてくれていた。
私の事本当に好きなんだなーと、思っていたある日の事
居間に親と担任の先生が和気藹々と話しているのを廊下で聞き耳を立てていたら
担任は「本当に心配です。」と私の話を始めた。私は可愛がってくれている担任が心配していると知って自分の状態を悟った。
🟣10代になった頃人の感情に違和感を感じ始める。
父は毎週末私たち家族を連れ外食をした後必ず実家へ寄る習慣があり、お酒を飲んで騒いで子供達に歌わせたり踊らせたりして大きな声で皆んな大笑いし、楽しんでいる様子。そして終盤になると、父の兄弟は8人家族で、1人は戦争で亡くなっていた。ので私のおばあちゃんはその亡くなった子供のことを話し始める。長男はまた始まったっと言わんばかりに困惑した顔で睨みつける。それをきっかけに長男と父は取っ組み合いの喧嘩になり大騒ぎ。
私たちはいそいそと自宅に帰るという毎週のイベントは子供の私にとってかなりスリリングであった。
喜怒哀楽はどこから来るのか・・
何故喜んでいるのか、何故悲しむのか、その怒りはどこから来たものなのか?泣いたり笑ったり怒ったり人々は忙しい感情であると悟った。
🟣12歳から叔父の勧めでお経を挙げるが、なんだかよくわからないが歌のように面白がってあげていた。約3.40分の間の正座に足が痺れ姉と大笑いした。これが修行の始まりだったのだ。
🟣20代
21歳で結婚した私はまだお経をあげる習慣あり、嫁いだ家は無宗教でそんなもの!と言った感覚の家族であった。3年過ぎた頃義理父母は信仰宗教団体に入った。
初めて手を合わせる義父母の姿はとても新鮮で輝いて見えて私もついつい入会してしまった。一年やってみて違和感を感じ退会させてもらった
🟣そして仏道を学び始める、空海、行基菩薩に導かれ東大寺に10年間通う(この話は長くなる)
幼少期から1年に一度くらいの頻度で大仏がリアルに夢に出て私の頭の上を3回ほど周りいなくなる。23歳お産を終えお里帰りしたときのことだった、明日から家に戻るのかーと思いつつ洗濯物を外で干していると、あの現象、大仏が出てきて立っている私の頭の上を3回回るといなくなった。
えー!私起きてますが、何故?
夢で見ていただけではなく起きてる状態でこんなことおきるの?
本屋に行って神仏の本を立ち読みしたら、すぐにわかった!この大仏様だ!
それは、奈良の東大寺の大仏様でした。
🟣29歳今までパートで美容室勤務を終え個人経営の美容室を設営。
美容材料を扱うディーラーの方の勧めで
奈良県にカットの日本チャンピオンがいるから行って会ってみたらいかがでしょう?と言われたがまだシャイな私は恐れ多く断ったが、その方が3ヶ月後東京に来るから行ってセミナー受けたらとまたディーラーに言われたので2度言われたことはやる価値あると言う私の信念で断らず会ってみた。
かなりのインスパイアを受け、それを機に奈良に毎年行く事になった。
高校の修学旅行以来の奈良。
そして、私の夢に出てきてくださった大仏様にご挨拶にと東大寺へと
拝殿に向かう石畳を歩くとフラッシュバックで私の脳裏に、あー、ここに私はいた。右の肩を露わにしボロ雑巾のような布を巻きつけ一心不乱に微動打せずにお経をあげている。
私は激しく瞬きをし現実に戻った。
東大寺参拝を終えお土産さんが連なる参道、最後のお店の傾いた木製でできたショーウィンドウに一刀彫りの大仏がかざられている。なんと定価は40万円。私は欲しい感情で今40万円あったらこれを買うと夫に言ったら、こんなものを大金払って買わなくても良いとスルーされた。
我に返って今どうしても必要では無いかと諦めた。
2週間もしていつもの生活をしていると銀行から連絡があり預かっている通帳があるから取りに来てくださいと言われ取りに行くと、そこには¥399990記載されていた
😵💫😵💫冷静に考えてみよう、
まず通帳預けていた事わすれてる?
そしてこの金額大金でしょ、
その頃私は美容室をグランドオープンさせるために土地を買い店舗併用住宅を建てる計画でいたため、やったー!土地の頭金にしましょうとすぐ入金・・
あれ?
もしかしたらこれって
大仏様買えって事だった?と気づく。
たった10円出すだけで買えたのにと頭を大仏様がよぎった。
霊能者にこの話をしたら、その大仏様はあなたのところに来るものでしたね、と
私は次回買いに行こうと言ったらもうないと思いますよと霊能者は言った。
いやいや3年も、4年も売れずにショーウィンドウにあったものだから絶対売れてることはないと確信していたが
次の年にはそこには一刀彫りの大仏は無かった。
私は気が済むまで東大寺に参拝させてもらおうと心に誓い毎年通う事になった。
🟣30代 スリランカ小乗經🇱🇰仏歯寺6回参拝
シーギリアロックで前世を見る(この話も長くなる)
シーギリアロックの入口の所で瞑想を始めた瞬間
王が出て来た。私は7番目の妻で、愛されていないと王に向かい文句を言い始める。王との喧嘩はドラマチックであった🤭
人間関係から心理を学び現実の問題を取り組む
🟣40代 オーラソーマ,シータヒーリング、魔法学校、瞑想などスピリチュアルな世界へ突入した。何故生まれてきたのか?何をもって幸せという?哲学的な質問をしても誰一人として答える人はいなかった。
そのためスピリチュアルの世界に入ったのだ。人々に影響を与える人物になると決めていた。
🟣50代 私の美容人生ピークを迎える。
立派な美容師になれた事、お客様と関わりで自分が成長出来たこと美容師として最高の人生と感じる。
だが、何か満たされない、何か足らない
この感覚が続く。
夢に出てくるものを辿って高野山、延暦寺、阿弖流爲を巡る旅。2年間の旅で
バラバラになっていたパズルが🧩当てはまってくる感覚がした。
今まで参拝してきた場所、何故ここにいるのか?何故今この体験をしているのか?
どこに目指していくのか?
心の安住の場所は自分の心の中にある事を思い出した。
以前は
自分自身の居場所に違和感を感じた
どこから来たのか,どこに進むのか
心が空っぽのような虚空感を既に感じていた、今わかることは、
自分が歩んで学んできた事は既に過去授記されていた事。それを広めるために生まれてきた。
小さなことに捉われず、小さなことを愛すし、認める,喜び,慈しみと共に。
手を合わせること、お参りする事、願う事、祈る事はそれは仏法の門をくぐったことである。スピリチュアルが受け入れられたこの時代、宗教的、宗教団体、マインドコントロール・・こう言った言葉は
死後に近い。もっと壮大な事、宇宙規模の思考になったらもっと良い社会になるのかもしれない。
私の経歴と仏道の学びを現代版に置き換えてスピリチュアルアートを私なりの見解で心の中の謎を綴りたいと思う。
先ずは、『何故から』始まる。自分の心のあり方が宇宙へと繋がる。そんな生優しい事では無いが、本当はとても簡単な事でもあるのかもしれない、
そして想念イメージは量子力学として形になる。空海はそのテクニックを知ってたんですね。特に虚空蔵菩薩品は魔術だが、
500回ほどで挫折。
古の時代に残された難しい釈迦の言葉は解読する事は難しい。
だが、学ぶ気持ちを持つ事、知りたいと思う気持ちで見えて来るわかってくる、実に興味深く、想念があれば答えを出す。今流行りの呪術を皆んな持っている、
勿論良い事に呪術を自分らしい生き方をするために使う。
長文お読みいただきありがとうございました😊
次回は何を悟ったのかを綴ります。