
Dead Collage You Hold[エルヴィス哀歌]
エルヴィスが旧正月のギグの合間に里帰りしたことがあったんだ。じいさんはおれに話し始めたようだった。バスの停留所にはおれとじいさんしかいなかったから多分、おれに話し掛けているんだと思われるが、如何せん、旅行者のおれはじいさんが何者なのか知らなかった。田舎の春のバスの停留所の二人。蝉が鳴いていなかったからまだ春の終わりぐらいのことだろう。エルヴィスが里帰りしたというから私と私の兄さんとで、ホンダカブに二人乗りして奴の家に行った。お袋さんは大喜びだったね。何せ、久しぶりにエルヴィスが帰って来たんだから。私と私の兄さんは土産に獲れたての鯛を持っていったよ。海釣りが我々兄弟の日課みたいなものだからね。ちょっとしたちゃぶ台ほどの大きさはゆうにあったと思う。エルヴィスは我々の肩を叩いて礼を言ってくれたものさ。それからはもう上も下も分からなくなるような大宴会の始まりだ。エルヴィスの付き合った昔の彼女たちも全員揃ったよ。小学生時代に二人。中学時代に五人。高校時代には九人だ。中には随分ぽっちゃりして子供を抱えたのもいたが、十六人の元彼女たちは皆美しかったね。それに幸せそうだった。顔が輝いているんだね。エルヴィスの男ぶりの良さはそういうところにあるんだって、私と私の兄さんはよく話したもんさ。酒屋からの大盤振る舞いで、アルコールは泉のように飲み放題だったし、エルヴィスのお袋さんの特製ミートパイも我々の鯛の岩塩焼きも全部、旨かったよ。それにエルヴィスの元彼女たちも腕によりをかけて作った手料理を持ち込んだしな。天国みたいなものだったよ。エルヴィスはギターを持って誰もが聴いたことのあるような類のを何曲か歌ってくれたっけ。とんでもない美声だったね。エルヴィスのお袋さんは耳が少し遠かったが、皆と一緒にリズムをとって、踊っていたっけ。私と私の兄さんも近所のアバズレどもに色目を使ってみたりもしたが、全然駄目だった。女たちの眼球はたったひとつの物しか映してない。そうさ、エルヴィスだよ、奴さんのむくれにむくれた、太鼓腹とぼってりした唇を見つめてやがったもんさね。エルヴィスは…それでもとことん良い奴だった。この辺に住んでる奴らでエルヴィスを悪く言う人間などいない。エルヴィスは本当に良い男だった。胸のスカッとするような正真正銘の男の中の男だったね。エルヴィスが死んだなんて今でも信じられないよ。あんな痛ましい死に方をするような人間じゃない。あれは相応しい死に方とはいえない。私は悲しいね。エルヴィスのお袋さんはもっと悲しかったに違いないね。私と私の兄さんがエルヴィスの家に行き、お袋さんを慰めてやろうとしたんだ。お袋さんはエルヴィスの一番良い時の写真を祭壇に祀っていた。みかん、リンゴ、線香。それから丸く盛った白飯。大好きだったスニッカーズチョコレートとダイエットコカコーラ。それにお袋さんが趣味で作っている野菜でできたカボチャの馬車だの、七人の小人だののメルヘン人形や猫の陶器が所狭しと並んでた。私も私の兄さんも何だか変な気分になったね。エルヴィスは偉大な男だったから、こんなコジンマリした趣味で弔われているなんて夢にも思わんだろう。でも仕方ない。彼女はエルヴィスを産んだ張本人なんだからね。おれはじいさんの話を適当に受け流しながらバスの停留所に張ってある時刻表を確認する。奇数の時間には九分。偶数の時間には六分。すべてが同じ時刻で来ていた。じいさんは時刻表を見つめるおれに向かって言った。この町は彼の町だった。だからバスも6分と9分にしか来ないのさ。つまり、ロック・アンド・ロールってやつなのさ。季節外れの突風が吹き荒れた日だった。風が吹く度にまるでエルヴィスの亡霊が怒り狂っているかのように、錆付いたマルフクの看板をガタガタと鳴らしていたものだ。
