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一週遅れの映画評:『ボーはおそれている』おい!アリ・アスター、ズルいぞ!!

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かして配信で喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『ボーはおそれている』です。

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 まぁちょっと長くなりそうなので、かなり早い段階からネタバレしていくからよろしくね。
 
 主人公のボゥは、ありえんぐらい治安の悪い街で独り暮らしをしている中年男性で。どのぐらい治安悪いかって言うと、鍵を開けたまま外出したらものの数分で路上にたむろってる荒くれ者たちが大量に押し寄せて、家を占拠されるくらいなんだけどw
 で、どうもこのボゥは毎年お母さんの誕生日に実家に帰ってるんだけど、今年はトラブルが起きて帰れなくなってしまった。そのことを報告すると「お前は来たくないんだろ」「そうやって私を裏切るのか」みたいに、ネチネチ嫌味を言われるのね。だけどボゥとしては帰りたくても帰れない事情がある。
 それで困ってたら翌日、そのお母さんが死んだことを告げられる。死因はシャンデリアが落下する事故で頭を潰されて、っていう。その後、外出したら……いやもう正確には「色々あってパニックを起こして全裸で外に逃げだしたら」なんだけどw まぁ、外に出たらそこに最近ニュースで話題になってる、頭のおかしい通り魔殺人鬼に出会ってしまう。その通り魔殺人鬼も全裸だから、ここで「パニック全裸中年男性 vs 発狂全裸中年男性」という奇跡のマッチメイクになるわけですよ。
 そこでボゥは刺されたり車にはねられたりした結果、なぜだか病院じゃなくて外科医の家で治療されながら軟禁されたり、そこから逃げ出して森の中にある謎のコミュニティと合流したり、そこで外科医の放った追っ手に襲われてまた逃げ出したりする。
 
 それでも何とかお母さんの葬儀に立ち会うため実家に帰ってくるわけですけど、そこでまだ幼い頃に相思相愛になった女性と再会することになる。このふたりは親の手によって無理矢理に引き離された過去があるのね。
 と、いうのもボゥの父親はもう死んでいて。その死因が「セックスして射精したら心臓麻痺」なのね、しかもそれが人生における最初で最後の中出し。それで、ボゥは遺伝で同じ障害を持っている、つまり女とヤッたら死ぬ!! って教えられている。だからお母さんは女の子とボゥが接触するのを防ごうとするし、ボゥにも「お母さんの言うことを聞け、じゃないと死ぬぞ」って強要している。
 
 でもここで再会したふたりはついに結ばれるわけさ。射精し死を覚悟するボゥ。だけど彼は死んでおらず、それどころか逆に相手の女性が死んでしまうのね。
 そこに死んだはずのお母さんが登場! なんと彼女はボゥを呼び寄せるために、ずっと家政婦をやってくれていた人を殺して、自分が死んだことにしていた。だけど話を聞くと、その家政婦は自分から望んで代わりに死んでいる。それに加えてボゥがかかっていた病院の医師もお母さんのグルだし、至る所に設置されていた監視カメラによって自分の行動が把握されていたことが判明する。
それらをお母さんは「愛ゆえだ」って言うわけですよ。
 
 とんでもない事態に困惑しながら、ボゥはまだ父親が生きていることと自分には兄弟がいたことを思い出す。お母さんを問い詰めると「真実は屋根裏部屋にある」みたいなことを言うわけ。
意を決して屋根裏部屋へ行くと、そこには髭モジャで恐らくずっと監禁されていた兄弟がいる。驚くボゥに「ボゥなのか? 私の息子よ」という声がかかる。
 そっちに視線を向けると、そこにいたのはデッカい全長3メートルぐらいの巨大なチンポ! そのチンポは雄々しく隆起していて、カリの辺りに目と口があるの。そして触手を降りながら「おぉ息子よ」とか言ってるわけ。
 
 つまりボゥはそのチンポの悪魔の因子を持つ子どもで、セックスしたら死ぬんじゃなくて相手を殺してしまう存在だということがそこで判明する。
 お母さんはそういった危険性を知っていて、最悪の事態を避けるため半ば洗脳に近い形でボゥをセックスから遠ざけていた(その教育が上手くいかなかった兄弟は仕方なく監禁していた)。
作中でお母さんは「私は何とか愛情を絞り出して、あなたのためにやってきたのよ」みたいなことを言うんですよね。実際に悪魔の子であるボゥは恐ろしく汚らわしい存在にもかかわらず、それでも人間として暮らしていけたのは確かにお母さんの愛だったのだ。

 ……っていうのが、あくまでビジュアルとして表現されたものが「全部、真実である」としたときの話ね。
 
 いや、「アリ・アスターずるくね?」って思うんですよ。だって巨大チンポモンスターが出てきたら、それはもう”そういう作品”じゃん。いわゆるB級モンスターホラーとして「予算無いのはわかるけど、もうちょっと暴れるチンポが見たかったぜ!」で終わる話じゃあないですか。
だけど『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』のアリ・アスターが巨大チンポモンスターが大オチの作品を撮るか? って言われたら「まぁ、それは無いわよね」になる。だから「じゃああのチンポは何やねん」って考えざるえないわけですよ。
 いやね、そこから思考を巡らせることは確かに面白い、面白いよ。だけどそれは「アリ・アスター」って看板が機能していることが前提の作品造りで……いいんだよ、そういう方法が取れるようになるまで信頼を勝ち得た結果だからいいんですけど、でも誰かが「おい、アリ・アスター! ズルいぞ!」って言わなきゃいけないと思うから言います。ズルいぞ!
 
 で、そのズルを話していきますとw まぁ件のチンポモンスターはお母さんの妄想(とまで行かなくても主観的世界)なわけじゃない。つまり「性嫌悪」的なものがあって、それがどこで爆発したかわからないけど、そういう嫌悪の対象として自分の夫が「巨大チンポモンスター」にか見えなくなってしまった
 そして子どもふたりも男の子だったから、その性嫌悪から「お前らセックスすんなし!」みたいな教育をするわけで、それに反発したボゥの兄弟は父親と同じく監禁されてしまうわけですよね。
 
 その歪んだ思想が直撃したボゥは結果として精神にかなり問題を抱えてしまっている。ビジュアルとしてお母さんの妄想でしかない巨大チンポモンスターが描かれているということは、他のシーンで行われている描写も同程度に信用できないということになる。
つまりは治安の悪すぎる街の様子も、謎の外科医も、どこまでボゥの主観によって改変された映像かわかんないわけ。巨大チンポモンスターの登場によって、「これはボゥが、いわゆる”信頼できない語り手”なんだな」ということになるのですね。
 つまりビジュアルが真実として捉えれば「お母さんの愛情は本物だったんだ」であるのに、巨大チンポモンスターが妄想であるとするなら「この母親、クソヤバじゃねーか!」に反転するわけですよ。
 
 で、真実or妄想を知ったボゥは逃げだしボートに乗って湖を渡ろうとするんだけど、そのボートは謎の洞窟に入ってしまう。そこではなぜかスタジアムみたいに観客席が設けられていて、ぎっしりと観衆が座っている。
 そこにお母さんが登場し「こいつはこんな酷いことをした」「こんな嘘をついた」ってボゥのことを糾弾するんですよ。ボゥ側には一応弁護してくれる人がいるんだけど、そいつは全然役に立たない上に途中で殺されてしまう。
 お母さんからの攻撃は止まらないんだけど、そこでは巨大チンポモンスターとかの話は出てこない。代わりにボゥの行動をめちゃくちゃ曲解して悪意ある切り取りで責め立てる。不気味なのが観客たちで、一切表情どころか顔も見えないし、声もださないんですよね。
 そして最後には、ボートのエンジンが引火して大爆発! ボゥはそれに巻き込まれて湖の底に沈んで行く……まぁ、これってSNSのことじゃないですか
ひとりの中年男性が、あることないこと言われてしまう。擁護してくれる人も途中で死んでしまって、お母さんはめちゃくちゃなこと言ってるだけなのに、とにかく声がデカくて勢いがあるから押し切られてしまう。結果、炎上して沈んでいく……で、観客は遠くから何も言わずに眺めてるだけっていう。
 
 性嫌悪から歪んだ性教育をする人間が、自身の主観としては「悪魔から世界を守る愛を持ってる」だから、マジで対話の余地無くて最悪だよねって話だし。主観の正しさを信じすぎて暴走しだし陰謀論者としても読み取れる
そういった人たちとSNSの組み合わせは、人間を簡単に炎上させて殺す危なさを持ってる。そういうことが読み取れる作品でした。

 ……で終われればいいんだけど
 あらすじの最初あたりに全裸中年男性vs全裸中年男性って話したじゃない? この通り魔殺人鬼についてニュース報道で、わざわざ「割礼をした男性」って言ってるのよ。
「割礼」って要するに男性器に対する宗教的な慣習なわけで、いうなればそれは「神の祝福を受けたチンポ」ってことになる。てことはよ、もしあの巨大チンポモンスターのビジュアルが真実だとするなら、この全裸中年男性vs全裸中年男性のマッチメイクは「悪魔チンポの子 vs 神の祝福を受けたチンポ」の戦いなわけで。
 そうなると気の狂った通り魔殺人鬼が実は正義のヒーローってことになる。あるいはボゥの主観では狂った通り魔殺人鬼だけど、実際はちゃんとした格好の正義の使徒かもしれない(実際このマッチメイクの場にいた警官はボゥにだけ銃を向けてたりする!)。
 
 いったいどっちが本当で、私たちはどっちを信じればいいんでしょうね。
 もしかすると「この母親やべぇ!」と言ってる私が、主観の正しさを信じすぎてるだけかもしれない
 
 ……あと今日、私は何回「チンポ」って言えばいいのよ!! アリ・アスターのバカ!! もう知らない!! チンポ!!!

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 次回は『悪魔がはらわたでいけにえで私』評を予定しております。

 この話をした配信はこちらの13分ぐらいからです。


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