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一週遅れの映画評:『矢野くんの普通な日々』その目を開いて。

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かして配信で喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『矢野くんの普通の日々』です。

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 実はですね、原作が結構好きなんですよ。「年相応に育てなかった人間が、情緒を獲得する」話として、独特の味があって面白いんですよね。そして「原作が好き」ってところから入っているということは、まぁまぁの勢いで独自の映像化がされているという意味なんですねぇw
 正直に申し上げて、私が原作の「この部分が良いな」と感じてる点がかなり変形させられてんですよ。ただ私は「原作準拠じゃないだと? 許せねぇ!」というタイプでもないので、そこにはこだわらずに話を進めていきます。同様に主役各(主人公の相手役に対する当て馬)をやってる役者が、ちょっと笑っちゃうくらい演技が下手だったのもいったん忘れていきます

 あらすじとしては、高校2年生になった女子高生の吉田。クラス替えではじめて同じ教室で学ぶことになった矢野くんは、毎日のように何らかのケガをこさえて登校してくる。困ってる人を見過ごせず、他人に対してやたらと心配性な吉田は、そんな矢野くんを案じるうちに自分がずっと矢野くんのことばかり考えてることに気づく……って感じなのね。
 矢野くんは運が悪いくせにおっちょこちょいなので、何もないところでスッ転ぶ、自分の鞄にひっかかって川に落ちる、ベランダから植木鉢が落ちてくる等々、日々生傷が絶えない生活を送っているわけですよ。結果として「ずっと矢野くんのことを考えている」が恋してるからだと理解した吉田、そして吉田に心配されてケガの治療をしてもらっているうちに彼女を好きになっていた矢野くん。ふたりは映画の中盤くらいで付き合うようになるのね。
 よくケガをする代わりにやたら治りが早い矢野くんだけど、右目の眼帯は出会ったころから一度も外していない。それはケガしてるからではなく、右目を隠すのが目的だったからで。

 というのも、幼少期の病気が原因で、矢野くんの右目と左目はすこし瞳の色が違う。それが恥ずかしくて普段から眼帯で隠していた。それに加えて中学生の頃、たまたま眼帯を外した右目を見た女子生徒が事故でケガしてしまうのね。それで「矢野の目を見ると呪われる」って噂になってしまう。
 矢野くん自体は「呪い」を信じているわけではなんだけど、それはそれとして自分がやたらとトラブルに会うことから「他人が自分の傍にいることで、一緒に巻き込んでしまうのではないか?」という恐れをその中学時代の事故で感じていたのね。その過去を吉田に伝えた日の夜、よそ事を考えながら歩いていた吉田は蓋の空いてるマンホールに落ちてしまう
 やっぱり僕は誰かと親しくなってはいけないんだ! と改めて思った矢野くんは吉田と距離を取るようになっちゃうの。

 いや、ちょっと待てと。
 えっとね、このマンホールに落ちるだけじゃあなくて。吉田は「家で料理中にボヤ騒ぎ」いま話した「マンホールに落ちる」「足を滑らせて崖から落ちる」ってトラブルに見舞われているの。なんか、なんかさ……吉田の方が致命傷に繋がる事故に遭遇してねぇ? いやそれぞれの出来事は矢野くんが遠因ではあるんだけど、本人の不注意が大きいわけですよ。
 矢野くんはほぼ毎日ぐらいトラブルに見舞われているけど、そのダメージ自体は小さいわけ。そう考えると火事、落下、滑落を起こしている吉田の方が他人の心配してる場合じゃなくね? 

 だからここで語られてるのは「幸や不幸、あるいは事故とかトラブルを完全に避けれる人なんて、どこにもいない」ってことだと思うんですよね。今年の映画だと『サユリ』でも「すべての不運を跨いでいくことなどできん」って語られていたけど、ここあるのってその「不幸があることを前提として」どうやっていくか、って話なんですよね。
 だから矢野くんは「僕が傍にいると、君が不幸になる」といって離れようとするけど、実際は矢野くんがいようがいまいが「不幸は訪れる」わけです。そこでどうするか? となったとき、まぁ確かに離れていれば、その「不幸になる姿」を見て心を痛めることはなくなる。だけど別に不幸が無くなるわけじゃあない、自分の好きな人が自分の知らないところで辛い目に会うのを見過ごせるのか? という問題を突きつけられている。
 だからこの「不幸になる姿を見たくない」と離れる契機になったトラブルが、「眼帯」から始まるんですよね。誰かと一緒にいること、それはその人の幸せなところだけを見ればいいわけじゃあない。その人が不幸になることからも、目をそらさずに見つめ続けることが必要になるって語っているんです。「眼帯」をしたまま、片目を閉ざしてばかりではいけない、と。

 そういった意味では、原作だと「あぁ、この心の動きを恋だと、”あなたが好きだ”って気持ちなんだ」ということに気づくまで、矢野くんも吉田もめちゃくちゃ時間がかかるのね。それが人間関係をまともに築いてこれなかった矢野くんの情緒が、改めて育っていく姿として面白かった。吉田も「誰かを心配すること」が日常過ぎて「矢野くんが特別心配なのは、好きだから」って気付けないところが、私は良かったんだけど。実写化するにあたって、むしろ「付き合うことで生まれる責任を知っていく」って方向で変化させたのは……個人的には好きじゃあないけど、なかなか上手い改変ではあると思いました。

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 次回は『ドリーム・シナリオ』評を予定しております。

 この話をした配信はこちらの20分ぐらいからです。


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