夜がもったいない
どうでもいい挑戦をただひたすらに繰り返す番組を消して、甘い味の煙草に火をつけ照明を消す。
ブラインドを一気に引き上げ窓を開けるとそうっと吹き込む風がわたしの髪を踊らせる。
中途半端な形をした楕円の月をながめる。
吐いた煙草の煙がどこかに引きづられていってかき消される。
夜が好きだなと思う。
昔から夜に眠れなくてよく暇をもてあましていた。
二段ベッドの一階に寝かされた団地の子だった6歳までのわたしは起き出したら親に怒られるけど何もすることがなくて暇で暇で仕方がなくて色んなことひたすらに考えてたっけ。
このベッドの二階部分はなんで落ちて来ないんだろうとか
わたしどうやって生まれてきたんだろうとか
記憶って何であるんだろうとか
あの時なんであの人笑ったんだろうとか
それがあの頃の夜の日課で、昼間のわたしはというと一体今夜は何を考えようかと夜の自由な時間を楽しみに日々生活をおくっていた。
そのままわたしは中学生になっても夜寝付けなくて。
近所の子と家をあの手この手を使ってでも抜け出して公園で待ち合わせて自転車にけつして、お気に入りの曲ケータイで流して静かな夜を自分らのものにした。
夜風が気持ちよくて、目的地がなくてもただただ夜に外出するのが好きだった。
太陽がまぶしい昼間よりも白昼夜の方が元気がでたし、みんなが寝静まった頃に遊ぶのがたのしくて仕方なかった。
高校生になっても深夜徘徊は辞められず、相変わらずに夜が好きで同じアルバイトをしていた男友達の頑張って貯めた30万で買ったバイクに乗せてもらって心底綺麗だと思った地元の夜景を見に行ったり、トンネルの中で覚えたてのコールぶんぶんぶぶん鳴らしながら風の中猛進してるバイクの後部座席で大声だしながら体いっぱいに風をぶっこわして回ったりした。
夜に入り浸っていると、大人は心配するけれどわたしにとっては夜は寝る時間というルール自体意味がわからないのだ。
夜が好きだ
月が綺麗で
風が冷たくて
Silenceが気持ちよくて
広い公園のまんなかにある山にかけ登って、月を浴びていると不思議な気持ちになる。
壊しても壊しても十分にありあまってて体に一生まとわりついてくる空気をすうっと鼻から大事に大事に吸い込むと、胸がぽうっとふくらんで体の中に入った空気が内側から光りだす。
こんなに広い宇宙の彼方の地球という星にぽつんと取り残されているのを体感すると、わたしはやっとわたしになれる 。
傷だらけの黒い羽休めて疲れた心身を優しい月明かりがじんわり癒してくれるような気がする。夜は優しい。
夜にしか出来ない事、夜でしか体感出来ない事はまだまだ計り知れないほどあると思う。
月光浴、朝方の空気、ベッドで聴く雨音、Silence、川の流れる音、瞑想、昔好きだった曲、
時を忘れる宇宙旅行
体感してはじめてわかるだろう。
ぜったい、した方がいい。
この世には陰と陽、光と影、光と闇、表があれば裏がある。
鼻血がでるほど嬉しい事があれば時には血反吐がでるほど哀しい事もあるのだ。
心底傷つく事もきっとあると思う。
哀しくなったらちゃんとしっかり哀しんで、心に傷がついたら月を見て。
いつか本で読んだ比喩のように夜は本当にひんやりした風が頬をするりと撫でるし、優しい月明かりがぽっかり空いてしまった心を治癒してくれる。
夜が夜行性の君を必ず治療してくれる。
夜はわたしたちの一番の理解者なのだから。