おまじない
夏の日に起きたすべてを一旦水に流したくなって、お風呂にお湯をはる。うだる暑さが鬱陶しい残暑はまだ厳しく、わたしの体ごと侵略する。たまらなくダルい。
こんなに吸い込む空気が重い日が今まであっただろうかと考えるほどにわたしのストレスはピークにきてる。
どうにかしないと。このままわたしはドロドロと溶けてなくなってしまうかもしれない。気分がどうしても晴れず、どうしようもない自分を引きづって風呂につかる。ふうっと息を吐いてすうっと空気を吸って少しお湯に顔をうずめてみると無音の世界へ。
アロマオイルを数滴、適当に垂らすと魔法がかかるような気がする。じんわり香りが鼻から体の中へ充満する。ジップロックに包まれたスマホからはdestiny's childのno no noが心地良い音量で流れいる。懐かしいそれを聴きながしながら、そっと深呼吸をしてみると体中に溜まった毒素を吐き出しているようだ。
最近、少しだけ感情が滞っているのだ。あの厄介な人に無差別に傷つけられたあの時のなんとも言えない悔しさもなんだか報われないこの想いもいつまでも不安な将来も今はそっと放っておいていいし、脳内再生モードに切り替えて今はただひたすらリラックスをするだけでいい。
わたしはおまじないが得意だ。
全身全霊全ての力を抜いて、自分自身に感謝を伝える。
"Thank me for being me always"
"Thank me to do for my job"
"Thank me to love myself"
すると、体中の毒素はお湯の中に溶けだしてわたしをふわりと解放し自由を取り戻す。
わたしはいつも気分が落ち込んでいるのを感じるたびにこうしておまじないをかける。
自分の人生への責任はなにも自分だけに任せる必要はない。
例えばピアス。
今日はこの魔法のピアスをしてるから何が起きてもわたしはきっと大丈夫なんだと信じて一日を過ごすと、きっと何が起きても全てはピアスのせい。
機嫌が悪いあの人もたぶんきっと今日は雨の日のせいだからだし、仕事で失敗しちゃったのは失敗した後の成功体験の方が記憶に残って自分のためになるから必要だったし、物がこわれてしまったのならそれがこわれる原因を追求するためだ。どんな出来事も必然なのだ。いちいち自分を責める必要はない。
オートマチックで勝手に廻る自分の思考を少し工夫して、おまじないをかけて過ごしてみると案外人生なんかちょろかったりする。
寝坊助のわたしが毎週日曜日の朝からおジャ魔女どれみを観てた頃、魔法使いになりたいなと夢見てた少女だったわたしはきっと本当に魔法使いになったのだ。
現実にちょっぴりファンタジーを隠し味にして生きれたら、苦し紛れの強がりが素敵にポジティブに輝くから。わたしは面白半分、魔法の力を信じてみる。