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ドM自販機


ドM自販機

 その自動販売機は、街角の片隅に静かに佇んでいた。よく見ると、少し錆びついていて、動作もどこかぎこちない。誰が名付けたのかは分からないが、地元では「ドM自販機」と呼ばれている。その理由は簡単。この自販機は、何もせずにお金を投入しても反応しない。正確には、反応するためには「叩く」必要があるのだ。

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バー「リヴィエラ」

 最初にこの自販機を発見したのは、目の前にあるバー「リヴィエラ」で働く女性、エリだった。エリは深夜の閉店作業を終えた後、よくその自販機で飲み物を買っていた。しかしある日、何度お金を入れても飲み物が出てこない事態に直面する。試しに機械を叩いてみたところ、突然「ガチャン!」という音と共に、ジュースの缶が落ちてきた。その瞬間、エリは気付いた。

「叩かないと動かない機械なんて、どこか人間味がある」

それ以来、彼女はこの自販機を「ドM自販機」と呼び親しんでいる。

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ドM自販機に集まる人々

 昼夜を問わず、この自販機を訪れる人々は後を絶たない。特に面白いのは、初めてこの自販機を利用する人々の反応だ。お金を入れても動かない機械に困惑し、何度も試行錯誤する。やがて、後ろに並んだ常連たちが声をかける。

「叩けば動くよ」

 そして恐る恐る自販機を叩くと、ガタガタと音を立てながら飲み物が出てくる。成功した瞬間の安堵と笑顔。まるで自販機が人を試しているかのような気さえする。

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バーの窓から見る景色

 エリはカウンター越しに、このドM自販機で繰り広げられるドラマを眺めるのが好きだった。まるで絵画を鑑賞しているようで、特別な気持ちになる。

 ある日、酔ったサラリーマンが自販機の前に立った。お金を入れてもうまくいかず、イライラした様子で自販機を力任せに叩く。すると機械が応えるように、二本分の飲み物が出てきた。サラリーマンは驚き、そして嬉しそうに笑った。

 別の日には、カップルが自販機を訪れた。彼氏が勇ましく叩こうとするが、うまくいかない。彼女が軽く叩くと、すぐに飲み物が出てきた。彼氏は少し悔しそうだが、彼女は満足げな表情を浮かべる。

 こうした何気ない瞬間が、エリにとっては一種の娯楽だった。「人間って、機械に振り回されるのが意外と好きなのかもしれない」と思うこともしばしば。

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ドM自販機から学ぶ教訓

 この自販機は単なる古い機械だ。だが、叩かれることでようやく動き出すその姿には、どこか愛嬌がある。そして何より、人々をつなぐ存在になっている。

 エリは今日もバーの窓越しに、自販機とそれを訪れる人々を眺めている。どんな人が叩き、どんな反応をするのかを見るのが楽しみなのだ。そして、ふと自販機に目をやると、そこに貼られた手書きの張り紙が目に入る。

「叩く優しさを忘れずに」

 エリは小さく笑う。このドM自販機には、機械には不釣り合いなほど深いメッセージが詰まっているのかもしれない。

---おわり

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