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強いミッションに惹かれた。宇宙ビジネスに飛び込んだコミュニケーション担当の転職ストーリー
ここ数年、宇宙ビジネスに関する話題を目にする機会が増えています。しかし宇宙とは無縁な分野で働く人たちにとって、宇宙ビジネスは遠い存在と思われることが多いです。しかし実際には一般企業で働いた経験を持つ方々が大勢活躍しています。このコーナーでは、他業界から宇宙ビジネスに転身した経験を持つ方々へのインタビューを通じ、転職への不安や働き出してはじめてわかった仕事の魅力などを赤裸々にお伝えします。今回紹介するのは、ホテル、ファッション、コスメ業界などのマーケティング・PRを経て、宇宙開発を行っている「QPS研究所」のコミュニケーション担当として働く有吉由妃のストーリーです。
プロフィール
株式会社QPS研究所
コミュニケーションデザイン課 課長
有吉由妃
高校時代に渡仏し、パリ第3大学ソルボンヌ・ヌーヴェルLEA学部卒業。帰国後はホテル、ファッション、コスメ業界などのマーケティング・PRを経験し、2019年QPS研究所に入社。
宇宙に関わるマンガで面白かったのは、近未来の宇宙開発について描いた『MOONLIGHT MILE(ムーンライトマイル)』。特に技術者たちがプライドを懸けて宇宙開発に取り組む場面に感動した。
事業の方向性とミッションが明確であることに惹かれた
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——前職はどんなお仕事をされていましたか?
外資系の化粧品会社で9年ほどPRをしていました。それ以前はホテルやファッション業界などでもPRの仕事をしていたことがあります。
——QPS研究所に転職した経緯を教えてください。
前職の化粧品会社の時は東京で働いていたのですが、夫の仕事の都合で東京から福岡に引っ越し、福岡で仕事を探すことにしたんです。そんなときに転職エージェントから紹介されたのが福岡にあるQPS研究所でした。
——宇宙に関する事業をしているQPS研究所に対して、どんな印象を持ちましたか?
正直なところ「えー!宇宙!?」という感じでした。これまでの人生では星空を見上げるくらいで、他に宇宙に関わるようなこともなかったですし、どんな職場なのかイメージもわかなかったです。
ただ、これまでもホテルやファッション、化粧品会社など転職の度に、同業界ではなく新しい業界に行っていたので、異業界に転職するということに抵抗感はなかったです。何より私が仕事を選ぶ上で大事なポイントにしていたのは、PRとして自分自身がいいと思うものを世の中に届けることでした。自分が良いと思える会社なのかを知るためにも、まずは選考を受けることにしました。
——面接ではどんな話をしましたか?
もともとは30分の予定だったのですが、教えていただいた事業の話がとにかく面白く、私の方にもいろいろ質問していただいていたら、はっと気づいた時には3時間くらい経っていました。面接の場で強く感じたのは、QPS研究所は事業の方向性とミッションが明確であることでした。
QPS研究所の現在の事業は小型SAR衛星を開発・製造し、打ち上げた衛星から観測データを取得して活用することです。そのデータは防災やインフラ管理などをはじめ、社会に役立つ無限の可能性を秘めています。そして、創業者から今の社長にも受け継がれているミッションは「九州に宇宙産業を根付かせること」であり、自社だけでなくQPS研究所のパートナー企業も一緒にその強い想いを共有していることがわかりました。
——パートナー企業とは?
QPS研究所の衛星製造は北部九州を中心とした全国25社以上の企業に支えられています。特に、九州の地場企業の方々とは20年以上一緒に開発をしていて、「九州に宇宙産業を根付かせたい」という想いの背景にあるものを面接の場で聞きました。
——入社の決め手は?
私は今までハイブランドを扱うブランディングの意識を高くもつ企業で働いていたので、会社のミッションや経営陣、デザイナーの考えを強く発信して、ブランドを理解して好きになってもらうためのマーケティングやPRの仕事をしてきました。そういった仕事の経験は、強く明確なミッションをもつQPS研究所でも貢献できるのではと思いました。特に社長からは「QPS研究所の知名度が上がるだけではなく、この北部九州の宇宙ビジネスに注目してもらえるようになりたい」と言われていました。当時の社員数は10名弱でしたが、志をもって働いている人たちが目指す世界をもっと世の中に伝えることができたらと思い、入社を決めました。
——転職するときに不安はなかったですか?
当時を思い返せば、あまりなかったと思います。私は旅行でもまったく知らない、言葉も分からないようなところに行くのが好きなタイプなんですが、どちらかというと安定より新しいことを求めるほうなので、色々大変なこともあるかもしれないけど、それも含めて楽しみだなという気持ちでした。夫も「宇宙の会社がいいんじゃない」と後押ししてくれました。
多くの関係者の想いをのせた衛星が宇宙に放たれる瞬間
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QPS-SAR5号機「ツクヨミ-I」にちなみ
ミッションネームは、The Moon God Awakens(夜の神が目覚める)と名付けられた。
——現在のお仕事について教えてください。
コミュニケーションデザイン課で課長を務めています。具体的には、メディアリレーションなどのPR活動全般と、展示会やイベントの企画・対応、公式サイトやSNSの運用、パンフレットなどのクリエイティブ制作、社内向けのインターナルブランディングなどを行っています。
——どんなお客様がいるのでしょうか?
現在のデータ提供先は官公庁がメインです。QPS研究所は、小型SAR(サー)衛星を36機打上げて、平均10分に1回というこれまでにない高頻度で地球を観測することを目指しています。現在2機を運用していますが、今後、機数を増やしながら民間企業や海外でも活用してもらえるよう活動をしていきます。
——SAR衛星の観測データを活用すると、どんな風に役立つのでしょうか?
SAR衛星はレーダーを使うので、地球に雲がかかっていても夜間でも地上で何が起きているか観測することが可能です。今の計画では2028年5月末までに24機、そして最終的にはSAR衛星36機でコンステレーションを構築していきます。
注目されている活用分野の一つには、防災及び減災があります。例えば、地震などの災害が夜間に発生した場合、現状では夜が明けるまで被害状況の把握が難しいことがあります。しかし、今後SAR衛星の数が増えて準リアルタイムでの観測が可能になることで、夜間でも迅速に被害状況を把握することが可能になり、これにより、有事の際の対策をより早く講じることができ、被害の軽減や迅速な支援につながると期待されています。
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左写真:福岡市/右写真:福岡市拡大画像(天神付近)
——転職して、これまでの経験は生きていますか?
PRの仕事は取り扱う商材が異なっても、その本質は変わらないと考えています。最も重要なのは、多くの方々に情報を届け、共感を生み出し、価値を認めていただけるかどうかです。その目的を達成するために活用する手法やツールは多岐にわたり、時代の変化に応じて進化しています。これまでの経験を最大限に活かしながら、常に柔軟かつ効果的なアプローチを追求しています。
——異業界転職をして不安に思ったことはありますか?
成熟した業界ではないからこそ、まだやり方や常識が定まっていないので、そこにやりがいがあると感じています。それに、QPS研究所の創業者は日本におけるロケット開発の初期に携わっていた人で、「失敗が成長につながる」という考え方の持ち主なので、それが会社の風土にも影響しているのか新しいことに挑戦しやすいんです。
——印象に残っている仕事について教えてください。
入社してすぐに、弊社の衛星初号機を乗せたロケットをインドで打ち上げるタイミングがありました。そこで、福岡県と一緒に衛星打ち上げのパブリックビューイングを行う企画を立てました。県庁のロビーを会場にして、当日は打ち上げを見守る県民の方々が500人以上集まってくださいました。
一般的にイベントの準備というと、日時がほぼ確定した状態で準備を進めていきます。しかし、ロケットの打ち上げは天気やロケットの状態などさまざまな要素があり、なかなか日程を発表もできないですし、当日になって延期になることもあります。
——不確定要素が多いと大変そうです。
それを踏まえて準備をしなければいけないので、発表準備や会場の手配、予算管理も大変になります。多くの方々に集まっていただけても、延期になったら新たに次の日程で会場をおさえなければいけないですし、いつ実施になるかわからない中でメディア向けの発表の準備をしていかなければいけない。今までにそんなイベントをやったことがなかったのでいい経験になりました。
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2019年12月11日18時55分(日本時間)にインドのサティシュ・ダワン宇宙センターから
ロケットPSLVにて打上げに成功。
——初号機は無事に打ち上げられたのでしょうか?
当初の打ち上げ日時発表後に諸事情により数日遅れましたが、ありがたいことに当日は予定時刻通りに打ち上がりました。
——ロケットが打ち上がったときは、どんな気持ちになりましたか?
ロケットが打ち上がって、数十分後に衛星が宇宙で分離されていく様子を見ながら、多くの人の熱量と力によって新しいことが実現していることを実感しました。その場には、一緒に衛星をつくっているパートナー企業の方々やパブリックビューイングを一緒に企画して宇宙産業を盛り上げましょうと言ってくださった自治体の方々も来ていました。
私は入社してから、まずは車で九州中にあるパートナー企業さんたちを1社1社まわって開発に携わる方々のお話を聞いていました。どんな人たちがどんな想いで衛星に携わっているのかを知っていたので、衛星分離の瞬間にそのみなさんと一緒にいることができて、とても一体感をおぼえました。
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初号機パブリックビューイング会場
——打ち上げ関連では何か他にも大変だったこともあったのでしょうか?
3、4号機のときは、衛星を搭載したロケットが失敗して衛星が失われることになりました。その時も福岡市内の会場でパブリックビューイングを開いていて、テレビ局、新聞社、全局全紙のメディアの方々が集まって下さっていたので、すぐにそのまま記者会見を開いて、社長自身が質問がなくなるまでしっかりお答えするという対応をしました。
——臨機応変な対応が求められるんですね。
そうですね。でも、発表では事前に「打ち上げ当日はロケットの都合で予告なしに打ち上げが延期になることもありえます。」ということを伝えていて、メディアの方々もそういうものなのかと受け止めてくださっています。それに、8号機まで打ち上げている今となっては皆さんも慣れていて、臨機応変に対応してくださるので大変ありがたいです。
衛星とロケットの違いがわからなかった私が、日常的に宇宙の話をするように
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——転職して、イメージと違ったことはありましたか?
PRは社内の色んな部署や担当者と話をして魅力的な情報を集める必要があるのですが、私が入社した際、QPS研究所の多くの社員は男性のエンジニアの方々だったので、入社前はコミュニケーションを取るのが難しい環境かもしれないと思っていました。これまで女性が多い職場で働いてきたこともあり勝手にそう想像していたんです。でも、実際に働いてみるとそのイメージは全く違っていました。エンジニアの皆さんは宇宙の初心者の私にもわかりやすく丁寧に説明して下さって、おかげで日々新しい知識を吸収することができました。そのおかげで、仕事もスムーズに進めることができ、感謝しています。
——宇宙業界に入って初めて知ったことや、意外だったことはありますか?
私が無知だったのですが、まず、ロケットと衛星の違いを初めてしっかり知りました(笑)。衛星は宇宙で観測したり通信したりする機械で、ロケットは衛星を宇宙まで運んでくれる輸送手段ですが、こうした基本的なことはもちろん、宇宙開発に関わる多くのことを学ぶことができました。
——日常生活で意識が変わったことはありますか?
PRとして情報収集する内容が大きく変わりました。これまでは海外ブランドのコレクションやInstagramでのインフルエンサー発信を中心にチェックしていましたが、今はSpaceX社など宇宙開発企業のニュースを追うことが多くなっています。また、情報収集で活用するSNSも現在はX(旧Twitter)が中心になり、業界が変わるとやはりツールや情報源も変わりますね。
夫や友人にも宇宙の話をよくするようになりました。
——どんな話をしていますか?
九州大学名誉教授でQPS研究所の創業者である八坂哲雄先生から聞いた、昔の宇宙開発の話です。とても面白くて今まで聞いたことがない事ばかりなんです。八坂先生は現在82歳で、ロケットや衛星の開発など宇宙業界に60年以上携わってこられました。日本で宇宙開発の父と呼ばれている糸川英夫博士から薫陶を受けていて、英語がとても堪能でNASAやESAなど世界の宇宙関係者の知り合いも多いんです。八坂先生と海外出張に行く機会があり、現地でも色々な方々を紹介いただきました。
——有吉さんは、宇宙のどこに行ってみたいですか?
木星に行ってみたいです。実は八坂先生の教え子の皆さんが「木星に行きたい」とおっしゃるので、そのお話を聞くうちに影響を受けたんです。なぜ木星かというと、先生によれば、もし恒星を詳しく調べることができれば今の人類ではまだ解けていない多くの謎が解明される可能性があるそうなんです。
恒星といえば太陽が思い浮かびますが、極めて高温のため直接近づくことはできません。ですが、「恒星になり損ねた惑星」とも言われる木星、いわば太陽の妹分のような存在に行くことができれば、恒星に関する大きな手掛かりが見つかるかもしれないそうです。木星はまさに未知の謎に挑む鍵となる場所なんだそうです。
——宇宙旅行に行ってほしい有名人はいますか?
タモリさんです。宇宙でブラタモリをやってほしいですね。「この星はもともとこんな地形なんです」という解説をぜひ聞いてみたいです。
「日本初」、「世界初」の仕事に関わる面白さを知ってほしい
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QPS研究所の経営理念は、
「世界を驚かそうぜ。 そして世界をより良くしようぜ。」
——今後手がけたいお仕事のビジョンについて教えてください。
これも創業者の八坂先生がいつも話していることですが、宇宙技術開発は一代では成し遂げられないことばかりです。木星へいく壮大なプロジェクトも先生がずっと前に構想されたものですが、「実現できるのは自分の孫弟子の時代だろう」とおっしゃっていました。その言葉には、世代を超えて挑戦を続けることの大切さが込められています。だからこそ、次の世代に知識や知見といったバトンをきちんと渡すことが何より重要です。
私が入社したときにはPRは私一人でしたが、今ではメンバーが増えチームとして活動できるようになりました。だからこそ、先生の言葉を胸に、自分が学び、教わった知識や経験をチームに伝えて共有していきたいと思っています。それが会社の更なる成長や新たな挑戦を支える礎になると信じています。
——最後に、宇宙ビジネスで働く面白さについて教えてください。
宇宙産業はまさに今、成長の真っ只中。「日本初」「世界初」という言葉が日常的に飛び交う、挑戦と革新の最前線です。こんなに新たなことに果敢に挑み続ける業界はなかなかないのではないでしょうか。未知の領域を切り拓き、新たな可能性を創造していきたいというパイオニア気質の方にとっては、心から楽しめるやりがいに溢れた場所だと思います。
<取材を終えて>
今回は、ファッションや化粧品会社などのマーケティング・PRの仕事から、異業界である宇宙業界に転職した有吉さんの取材でした。「まったく知らない新しい経験ができて楽しい」と生き生きと話される姿が素敵でしたし、「人類が木星に行くことができたら、さまざまな謎が解ける」というお話にもワクワクしました。
・今回取材をした有吉さんが所属している株式会社QPS研究所のホームページと採用情報はこちらです。
『SPACETIDE Career Connect』第3回
ーわたしを宙に解放しよう、宇宙天職ー
▼イベントの詳細と参加申し込みは、下記Peatixから
※第3回Career Connect は、経済産業省 令和6年度宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(SERVISプロジェクト)の一環として実施しております。