皮肉な友達
好きだった男の子が変だ。
自己紹介で「趣味は散歩です」と彼が言ったから容易く射抜かれた。
漠然とした遊びを楽しめるなんて素敵〜とゴリラになったあたしは毛並みをフサフサにした。
まぁでもあたしは所詮大人しいゴリラである。付き合いたいとか、何かムーブメントを起こしたいとかいう過激派ではなく、小さな街で波風を立てたくもなかったし、極力視界に入れないことで恋心を隠すようにした。
気づいたら彼が両利きになっていた。
よくよく観察すると授業を右手で、謎の創作活動を左手で行うようになった。彼もまた陰の者であった。
授業の内容は優に追い越して、空き時間に片手間にノートに物語を書いていた。
ピンときた。
「イマジネーションを右脳から捻出したいんかね」
放課後、係の仕事で居残りをした。
黒板に決め事を決めるためのあみだくじを作る私に、
「小池さん、頭いいから全部分かってるんやろ」と彼が言った。
私はその時まだ頭がよかったが、努力の結果の頭のよさだったので、天才であるところの彼に言われて舞い上がった。
後にも先にも、全く信用できないけど舐め回すように味わい尽くしたい言葉No.1である。
休憩時間にひとりで消えたと思ったら校舎の端にずっと立って、チャイムが鳴るまでフェンスの向こう側の景色を眺めていたり、調理実習でシチューを作るときにアスパラガスを細かく切りすぎて班の女の子に怒られていたり、それ以上の思い出もしこたまあるが、まぁ、恋心は消滅した。
高校に上がっても彼の身長はあまり伸びなかった。
同窓会で連絡先を聞いた。直接聞かないと手に入らない連絡先。人づてに聞ける相手ではない。なぜなら彼は変だから。2017年にパカッとガラパゴス・ケータイを取り出したのを見てひっくり返りそうになった。
彼は大学で2回留年していた。
ことを居酒屋で話している彼は、昔から変わらない怒られた時みたいな顔だ。耳まで赤かった。
小説を書きすぎたらしい。左手が右手を追い越してしまったのだ。
1作品の想定が14万文字くらい。プロットは更に膨大な量を書くという。小説にしては少ないとか。知らんけど、ゴリラには想像できない量の文字と向き合ったそうだ。
頭のいい学校の頭のいい学部に通ってれば、彼でも片手間の学習では上がれないらしい。
「あら〜」とか「そうなん?」とかなんの解決にもならん声を上げるあたし。
「昨日親にやっと言えた。」と彼。
「そりゃぁ大変や。お疲れ様やで。」とあたし。
恋心0の回答なんてこんなもんである。酒も無力である。
そこから更に4年。
1年に1度会ったり会わなかったりというペースが続いている。彼とは散歩する友達になった。
彼が東京に来れば彼の行きたいところ、私が彼の大学付近に行けば私が観光したいところ、を提案する係になる。(帰省しても地元はかなり離れているので同じ要領で割り振られる。)
彼の行きたい場所はなぜかジャーミィだったり大学だったり、観光として選ばれにくそうなスポットばかりである。念願のジャーミィで正座をして真っ直ぐ前を向く彼の横顔は神聖そのものだった。
外食はほとんどしないらしく、吉野家だろうとPRONTOだろうと珍しがって行きたがる。彼が美味しそうに食べるのならどこでも構わない。いつでも行けるなら君と行ったっていい。
彼は卒論を書いている。
「卒業したらできる限りぶらぶらして、色んな場所に住んで、しょっちゅう引っ越したい」
人生の目標らしい。能力的には可能だろう。
「やっぱり無理やったわ」と怒られた時みたいな顔をして断念する彼の姿も浮かぶ。
どちらでもいい。
これからの人生が長かれ短かれ、彼とまたどこかへ寄り道するだろう。
「今東京いるんだけど、明日時間ある?」というフランクさそのまま、ずっと同級生でいてほしい。
やがて社会に溶け込み彼の様子が変化したとしても面白がって眺めていようと思う。お互いの価値観が変わり話が合わなくなっても、適当な私と、言及する彼の会話は、数年に1度は行われるべきだ。
私の目標は「あんなに働きたくないと言ってた小池さんがすごくバイトしてる」とか言わなくていいことを言われないようになることだ。
小説のネタ用にメモを取る手にはスマートフォンが握られていた。2022年。
グーグルマップを全く使えないらしい。
土地勘はない。ぶらぶら歩く。配られたうちわで残暑は吹き飛ばない。
ゴリラに行き先を伝えてくれ。
これから散歩をしよう。