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トラウマについて改めて思うこと

ある漫画さんが、いつも同じテーマの作品を描いている。かなり独特なテーマだ。

【ややトラウマティックな内容なので、性的外傷体験のある方は無理に読まないことをお勧めします】




それはいつも性的な被害にまつわるものである。じつの家族からの描写もあり、ポップな絵柄とは対象的に相当にきつい内容だ。
これだけこだわって描いているということは当事者の可能性が高いなぁと感じながら読んでいた。
その通りだった。その事実は公けにされていることだった。
より詳しく知りたい気持ちになり、作者のプロフィールを調べた。
私と同い年、全く同じ誕生日だった。

家の中で物凄い傷を負う人、と某星読み氏に言われたことがある。あとパートナーシップにめちゃくちゃ苦労するんだって。
まさか出生時間まで同じってことはないだろうけど、この漫画さん、私とほぼ同じ星の配置なのだろうなぁ。
(念のため記すが私は性的虐待の経験はない)


ところで、ここのところいじめの話をよく耳にする。いじめられるって大変なことだと、わかっているようでわかっていなかったが、傷付きをよりリアルに感じられた。もちろん想像の範囲を出ないんだけれど…
嫉妬などで一方的に嫌われてイヤな思いをしたことは多少あるけれど、いつも味方がいるし、私を好いて助けれくれる人の方が圧倒的に多かった。言い方がめちゃくちゃ性格が悪いが、私はいつも勝者なので全然根深い傷にならなかった(雑魚どもへの怒りが込められています)。
これってすごくありがたいことだったのだね。私はそこに全くトラウマがない。だから、コントロール不能になるような反応は一切でない。家族間での傷付きとは質感が全く違うので、あらためてトラウマの脅威を思う。トラウマはその人をのっとって別人にしてしまう。


日本はトラウマへの認識が本当に遅れている。犯罪や虐待被害者への対応しかり、裁判官にトラウマの知識があればもう少しマシな判決が出るのではないかということをよく見聞きする。運良く司法領域のわれわれがアセスメントに入ったケースでも、所見はどの程度反映されているのか疑問が湧く。
アメリカでは、虐待で保護された子どもへの聞き取りに厳しい制限がある。多くの機関が関与するが、できるだけ一度で済むよう最大限の配慮がなされ、情報共有も徹底されている。話すことで再体験させられ、それが極めて負担となる。ほとんど場合一発勝負だと、アメリカの児童福祉領域で活動する同業も話していた。これは今年、第三者加害による労災で身をもって体験した。申請書類を書くだけでまじでフラフラになるよ。

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