なぜ人は公園に行きたくなるのか?(第5回 空間タンブラー)
やっと本格的に寒くなってきたなと思ったら、2021年もあと少しですね。早い!
今年の7月から始まったこの「空間タンブラー」。これまで、いろんな空間を訪れ、その空間独自の魅力をご紹介してきました。2021年最後となる今回の「空間タンブラー」は、より「空間」についていろいろな方向から考えていくために、今までと少し趣向を変えてお送りします。
例えば、「また行きたくなる劇場ってどんな劇場?」「なぜあのお店で買い物したくなるのか?」など、テーマを決めて「空間」について考えてみたいのです。
今回のテーマは「なぜ人は公園に行きたくなるのか?」
お店みたいに物が売ってるわけでもないし、学校や職場みたいに行かなきゃ生活できないわけでもない、面白い演劇や映画があるわけでもない。公園はたいてい、なんにもありません(子どもには遊具があるけど)。
それでも人は公園に行く。なぜでしょうか?
というのを、私が近所のとある「公園」に行ってみて、いろいろ考えてきました。
では、いざ公園へ!
1.やっぱり自然は癒される
今日行く公園は、近所なのに初めて行く場所。
だったのですが、着いて早々、「もっと早く来ていればよかった…!」と思いました。
だってほら、紅葉したイチョウの木々がなんとまあ綺麗なこと……
さっきまでいた住宅街とはまるで違う世界にいるような気分です。こんな場所が近くにあったなんて。
見渡す限りの紅葉の美しさと、それを照らす日の光、銀杏の匂い、土の感触、落ち葉がカシャカシャする音。全身で自然を感じると、とても心が安らぎます。
特に都会に住んでて、私みたいに毎日が家と職場との往復だけの生活だったら、こういう自然に触れる機会はなかなかありません。そう思うと公園って、自然の中に身を置ける空間として案外貴重だなと思います。
そう。公園って、何もないように思うけど、自然があるんです。(なんか、自分の田舎を紹介してる気分……)
というわけで、なぜ人が公園に行きたくなるのか?それは公園の自然に癒されることができるから、というのが大きな理由の一つだと言えそうです。
2.なんにもないからこそ、自由がある
実はこの公園めちゃめちゃ広くて、テニスコートやドッグラン、球技場がいくつもあるようなところなんです。せっかくなので園内を一周してみることにしました。
園内を歩きながら印象に残ったのは、子どもたちが遊ぶ姿。
(いや、写真に全然子ども写ってないやん!って感じですが、子どもにカメラ向けると怪しまれそうだったので撮ってません><)
両腕いっぱいに落ち葉を抱えて、それを一気に散らすのを楽しんでたり、木の枝を魔法の杖に見立てたり、細長い丸太の上に立ってバランスをとったり。自然の物は遊具と違って決まった遊び方がないのに、自分で遊び方を見つけているのはすごいなぁ。と感動しました。
「なぜ公園に行きたくなるのか?」
子ども目線で考えてみると、たぶんそれは「遊べるから」というのが大きいと思いますが、遊ぶことで子どもは想像力を使うことや、自分が何をすれば楽しめるのかを知っていくんじゃないでしょうか。それって子どもの成長にとってすごく大事な気がします。
また、子どもに関わる仕事をしてる人から聞いた話を思い出したのですが、今の子どもたちは緊急事態宣言で学校に行けない期間があった上に、宣言が開けても不登校になってしまう子もいたり、とても不安定な状況のようです。さらに、コロナでいろいろなことが制限されて、学校でも「ダメ」と言われることが多いから、子どもたちが心を開放してのびのびと遊べる場が必要だよね、という話でした。
まさに公園はそのための空間。学校や家の中だけでは開放できない心も体もあるはずです。公園という空間があって、子どもたちが心も体も健康に成長していけるんだと思います。
そして、それは子どもだけでなく大人も同じ。心を開放して自由にいられる場が大人にも必要です。公園はなんにもないからこそ、自由でいられる。何かをしなくちゃいけないってことがないし、誰かの邪魔をしない限り、自分の好きに過ごせます。誰にも干渉されません。
公園に行きたくなるのは、何もない空間だからこそ自由があって、その自由を人が求めているからじゃないかなと思いました。
3.公園はあんドーナツのために来るものです。
公園を一周しているとき、なんと売店を見つけました。こんなに大きい公園だと売店もあるのか…!便利!
せっかくなので、そこで温かい甘酒と、さらに揚げたてのあんドーナツを買って、陸上競技場の端っこにあるベンチに腰掛けました。
いやぁ、めちゃめちゃ美味しいし温まる。。。。。。多幸感とはこのこと。
今後、もし「なぜ公園に行きたくなるのか?」と聞かれたら、「甘酒とあんドーナツ食べたいからです!」と即答できます。まぁ、売店がある公園なんてなかなか無いですが…
でも、家で食べてもいいのになんでわざわざ公園にピクニックに出かけるのか?ということはわかった気がします。この気温や、開放的で自然豊かな空間、そこで思い思いに過ごす人々など、公園という空間に来ることでしか味わえない味がたしかにありました。公園で食べることで美味しく感じるから、ということも、人が公園に行きたくなる理由の一つかもしれません。
4.おじいちゃんの人生
あんドーナツを頬張りつつ、私は隣のベンチのおじいちゃん三人組の話に聞き耳を立てていました。病院に行った話とかコロナのワクチンの話とか、よく聞こえないけどそんなような話をしてます。
まぁ、おじいちゃんだし、そういう話するよな。面白い話なんてそうそうないよな。
そのうち一人のおじいちゃんが帰りました。残った二人は、引き続きゆったりと話をしています。
それにしても、このおじいちゃんたちはどういう繋がりで一緒にいるんだろう?今度は甘酒を飲みながらいろいろ想像してみました。
若いときから仲が良かったのか、老いてから出会ったのか。さっき健康器具が置いてある広場があったけど、もしかしたらそこで自然と友だちになったのかも。いつもこの時間帯に、体を動かしにやってきて、友だちと話をして帰る。それがこのおじいちゃんたちの日常なのかもしれない。この公園はおじいちゃんたちにとっていわゆる「憩いの場」なんだ。だからここに来るんだ。
なんて考えてたら、おじいちゃんのこんな一言が耳に入りました。
おじいちゃんたちの視線の先には、遊び回る子どもたちやランニングしてる人たち、ここでいろんな過ごし方をしている人たちがいます。それを見る二人のおじいちゃんは、渋い表情というか、神妙な面持ちというか…。とにかくさっきの言葉にはとても実感がこもっていて、真剣な雰囲気でした。
このおじいちゃんたちはどうして公園に行きたくなるのか?私はちょっと明るい面ばかり見すぎてたかもしれないなと思いました。
体を動かして、友だちとお話して。それは楽しいことだけど、でも、そうしないと紛らわせない何かがあるんじゃないか?同世代の友人や家族が亡くなったり、自分が病気になったり、今はコロナの恐怖もある。若造の私には想像つかないくらい、おじいちゃんたちにとって「死」はきっと身近なものになりつつあるのでしょう。
だとしたら、おじいちゃんがこの公園に行きたくなるのは、ここで過ごすいろんな人たちの姿を眺めながら自分の人生を見つめたり、人の一生について考えたり、友だちと不安な気持ちを共有したり、そういうことができる空間だからかもしれません。
もちろん、これもただの想像ですけど。
日が沈んで、おじいちゃんたちも帰ったので私も帰ることにしました。
今日ここに来てみてわかったのは、公園は「何もない」空間だけど、自然はあって癒されること、「何をしてもいいし何もしなくてもいい」という自由があること、さらにそこに美味しいあんドーナツがあればもっと幸せになれるということです。そして、一番心に残ったのは、子どもからおじいちゃんまで、いろんな人の姿を見て感動や刺激を受けたこと。自然と自由とあんドーナツと、そして名前も知らない人たちと出会うために、私はまた公園に行きたいと思っています。
というわけで、第5回「空間タンブラー」は「なぜ人は公園に行きたくなるのか?」をテーマに、とある「公園」に行ってきました!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
来年の「空間タンブラー」もお楽しみに!
そして、みなさま、よいお年を!!