#07 そうだ、やっぱり宇宙で歯は抜けないよ(前編)
Introduction
医師や歯科医師はまず患者さんと対面すると、
初診の方の場合、
「今日はどうなさいましたか?」
2回目以降の診察の場合は、
「お変わりありませんか?」
などといった声かけから診察が始まります。
これは問診という患者さんへのインタビューの始まりのことばです。
医療者は問診によって、患者さんがいま一番困っていることを把握することから診察がスタートします。
歯科の現場では初診の場合、最初に問診表と言って、パーソナルデータや自分が今一番困っているところ(どの歯が痛む、とか)、持病・アレルギーの有無などを書いてもらう紙を渡し、それを見ながら実際に対面して問診することが多いでしょうか。
歯科医師という仕事は歯だけでなく口の中全体を扱いますので、この人の持病はないか、アレルギーは何か、飲んでいる薬はないか、というのは必須の情報となります。
たとえば痛み止めひとつ出す場合でも、薬の種類によっては副作用や、特定の病気と相性が悪かったりしますので、その人の持病を把握しておくのは必須です。
歯だけでなく歯茎や舌など、口の中の組織を扱う我々口腔外科医は特にシビアに問診を行う必要があります。
口腔内で出血を伴う処置を行う際は、患者さんの全身的なバックボーンを把握していないと命を脅かしてしまう可能性があるからです。
命に直結するわけではありませんが、口腔外科医が特にアンテナを張って飲んでいるか聞かなくてはいけない薬があります。
骨粗鬆症の治療薬です。
骨太なダジャレが言えるようになりたい
前回は微小重力下での筋肉の話をしました。
廃用性萎縮の話です。
記事のタイトルも含め、ふんだんにダジャレを取り入れてみたのですが壮大にスベっていたのでもうやめようと思います。泣
さて今回は骨に注目してみます。
骨は本来作られる段階で、将来機械的負荷を受けられるような設計がされ、発達していきます。
しかし微小重力下においては地球上とは異なり、骨は機械的負荷を受けないのでいくつかの変化が起きます。
骨は、骨をつくる骨芽細胞と、骨を壊す破骨細胞という細胞たちの働きでできています。
この2つの細胞が常に活動しながら、毎日少しずつ骨をつくり変えているのです。
骨は実は大人になっても絶えず変化しています。
常に骨は作っては壊しを繰り返しているのです。
(リモデリングともいいます)
大人でも約3年で骨は生まれ変わります。
ではどうして骨はリモデリングを繰り返さなくてはいけないのでしょうか。
骨はカルシウムでできているのはなんとなくイメージできると思います。
いわば骨はカルシウムの貯金箱みたいなものです。
骨はカルシウムを蓄える機能を持ち、全身のカルシウムが不足すると骨を少し溶かして放出して補い、余っていることがわかるとカルシウムを骨に取り込んで蓄えます。
つまり、骨は常にカルシウムを出し入れしているので、結果的に生まれ変わる、というわけです。
もちろんリモデリングが行われる理由としては、古くなった骨を若返らせて、しなやかな強さを維持している、という側面もあります。
リモデリング48
(雪印メグミルクさんHP「骨が生まれかわるしくみ」より)
骨芽細胞は骨を作る細胞です。
骨の「鉄筋」にあたるコラーゲンをつくり出し、そこにカルシウムを付着させる「のり」となるたんぱく質を塗っていきます。
ここに血液中から運ばれてきたカルシウムが自然に付着していき、新しい骨ができるのです。
破骨細胞は骨を壊す細胞です。
もともとは血液細胞の一種ですが、それがホルモンの刺激を受けて、骨の中で破骨細胞に分化します。
この破骨細胞は、古い骨のカルシウムやコラーゲンを酸や酵素で溶かします。
溶けたカルシウムは再び血管を通り体内へと運ばれていきます。
しかし破骨細胞は、ホルモン等のバランスがくずれると、時々必要以上のカルシウムを溶かし出してしまうことがあります。
特にそれが閉経期以降の女性の場合は、顕著に現れます。
高齢の女性に骨粗鬆症が多い理由はこれです。
(雪印メグミルクさんHP「骨が生まれかわるしくみ」より)
BPの闇
結論から言うと、微小重力下では骨量は1か月あたり約1%〜2%減少するといわれています。
骨量が減るということは、骨がスカスカになる、すなわち
宇宙へ行くと骨粗鬆症になってしまう
ということです。
そしてこの減少量は地上における骨粗鬆症の患者さんの骨の減少量の数倍も大きい量です。
全身だけでなく顔面の骨である上顎骨と下顎骨の両方にも宇宙飛行士の骨粗しょう症が報告されています。
宇宙で骨粗鬆症が起きてしまう原因は、微小重力下では全体的に骨格の負荷がなくなることで骨芽細胞の機能が低下し、骨形成と骨吸収バランスが崩れ、骨吸収と骨密度の低下をもたらしてしまうことが原因だと考えられています。
もちろん宇宙飛行士の骨粗鬆症が放置されているわけではありません。
現在では、骨粗鬆症に対しての治療薬があります。
地上では多くの種類の骨粗鬆症治療薬が骨粗鬆症の患者さんに使用されています。
宇宙飛行士へも、それらの薬が使用されているわけです。
地上において、骨粗鬆症の患者さんへの第一選択の薬は、
「ビスフォスフォネート(BP)製剤」という薬です。
宇宙飛行士の服薬リストを実際に見たわけではないので定かではありませんが、僕が調べた限りでは、このビスフォスフォネート製剤という薬が宇宙飛行士の骨粗鬆症治療薬として使われている可能性があります。
面白い記事がありました。
https://www.jaxa.jp/article/special/expedition/matsumoto01_j.html
JAXAのHP内の記事ですが、我らが若田飛行士がご自身のお身体を使ってビスフォスフォネート製剤の治験をされたそうです。
(ビスフォスフォネートを手にする若田宇宙飛行士 NASA HPより)
僕のnoteでは第一回目の投稿で歯みがきをされている若田飛行士の画像を使わせて頂き、大変このnoteがにぎやかになりました。
実は記念すべき第一回の投稿にあの若田さんの画像を使わせて頂いて反響も大きかったです。
ありがとうございます。笑
是非お会いする機会があれば、お礼を言わなくてはいけません。
しかしそれと同時に、
ビスフォスフォネート製剤の服用状況を聞きたいと思っています。
場合によっては警告しなくてはいけないかもしれません。
「今後、歯は絶対に抜かないでください。」
と。
次回へつづく。。。
References
1 1 Ayush Goyal, Pulkit Malhotra, Parul Bansal, Vipin Arora, Pooja Arora, Ritsu Singh, Mission Mars: A Dentist’s Perspective , Journal of the British Interplanetary Society · April 2016
2 N. Nabavi, A. Khandani, A. Camirand and R.E. Harrison, “Effects of microgravity on osteoclast bone resorption and osteoblast cytoskeletal organization and adhesion”, Bone, 49, pp.965-74, 2011.
3 R. Kaul, P.S. Shilpa, C.J. Sanjay, N. Sultana and S. Bhat, “Let’s explore aeronautical dentistry”, Indian J Stomatol, 4, pp.99-102, 2013.
4 Y. Kumei, H. Shimokawa, H. Katano, E. Hara, H. Akiyama, M. Hirano, C. Mukai, S. Nagaoka, P.A. Whitson, and C.F. Sams, “Microgravity induces prostaglandin E2 and interleukin-6 production in normal rat osteoblasts: role in bonedemineralization”, J Biotechno, 47, pp.313–24, 1996
5 雪印メグミルクHP「骨が生まれかわるしくみ」
https://www.shop-yukimeg.jp/shop/care/care03.aspx#:~:text=%E9%AA%A8%E8%8A%BD%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%81%AF%E9%AA%A8,%E9%AA%A8%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82