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【宇宙開発とビジネス】宇宙業界はこの5年がアツい!「ポストISS」で進む宇宙の商業化

Space BDが宇宙業界のトレンドやキーワードを解説していく連載・オープンファクトブック「宇宙開発とビジネス」を始めます!第1回はいま宇宙業界で最もホットなトピックスのひとつである「ポストISS」についてです。

2030年、国際宇宙ステーション(ISS)が大きな転換期を迎えます。これまで国家主導で運営されてきたISSが、商業化へと舵を切ることが決定しました。この変化は、宇宙ビジネスにどのような可能性をもたらすのでしょうか。Space BDで宇宙ビジネスの事業開発を担当する芳澤に話を聞きました。

芳澤 僚
事業ユニット長 ISS船外プラットフォーム事業
2016年デロイトトーマツコンサルティングに入社。戦略(新規事業開発、全社の中長期経営戦略の策定など)からオペレーション(業務改革・コスト削減、新会社設立など)まで幅広い案件を担当。業界は、商社・消費財・電機・食品など多数経験。


2030年は宇宙開発で歴史的な転換点になる

― そもそもISSとは、どのような役割を果たしている施設なのでしょうか?

1番シンプルな答えでいうと、研究開発の場です。米国、日本、ロシア、カナダ、欧州の5つの地域で運営されている国営の施設で、宇宙空間を活かした実証実験などを実施してきました。国営なので社会的意義のあることに使うというのが大前提ゆえに、基礎・上流過程での研究がほとんどでした。

具体例を挙げると、タンパク質の結晶化実験があります。地上でも行われていますが、微小重力である宇宙環境では綺麗な結晶が生成できるため、そこから得られるデータもより高品質になります。中長期では薬品開発全体の効率化に寄与する可能性があります。

― そのISSの運用が、2030年で終了することが発表されました。背景や理由はどういったところにあるのでしょうか?

まず分かりやすいところでいくと、老朽化ですね。2011年に完成して、2030年まで実に20年近く運営されます。過酷な宇宙環境で大きな構造物を常駐させているので、老朽化が進んでいるんです。

もう1つの背景には、各国の宇宙開発方針の変化があります。米国も日本もそうですが、各国政府の宇宙予算の振向け先が「地球周辺」から「月」にシフトしているんです。月面に人を住まわせるように月に基地を作ったり、その前段として月を周回する宇宙ステーションの開発や建設に予算が集中投資されたり。今の国際宇宙ステーションがある地球低軌道(地上から約400kmの高度)の活動は、民間企業へシフトしています。言い換えれば、国が研究開発を進めたことで不確実性が下がり、民間でも地球低軌道で活動できる力が備わってきた、ということです。

この2030年以降での地球低軌道活動を「ポストISS」と称しています。

― それで活動拠点となるISS自体も民営化すると。商業用の国際宇宙ステーション建設プロジェクトについて、詳しく教えてください。

米・NASAが進めるプロジェクトです。いまは複数の企業を選定し一定の予算を付与して、商業宇宙ステーションをどういった形にするのかという設計を各社に求めている状態です。最終的には選定企業がビジネスとして存続させていきます。

現在米国の宇宙関連企業5社がプライム(元請け)企業として参画し、その下に下請け企業がぶら下がっています。例えば1社は、Amazon社の創業者であるジェフ・ベゾス氏が立ち上げたブルー・オリジン社です。もともとロケット開発をしていた会社ですが、それに加えて宇宙ステーション事業にも乗り出しました。下請け企業には日本企業も名を連ねています。

出典:文部科学省 研究開発局「ポストISSを見据えた我が国の地球低軌道活動の進め方 について」2024年

― 運用方針として、現時点で決まっていることはありますか?

実は、まだ不透明なことばかりなんです。宇宙ステーションの完成年も各社の提案次第という状況です。2025年に最初のコアモジュールの運用を開始する計画の企業もあれば、2028年くらいと言う企業もあって……もちろん計画段階なので、それすらもどれほどの確実性があるのか分かりません。

また、候補企業のすべてが採用される保証もなく、NASAは最終的に1-2社を選定すると言われています。もし2社が残る場合は、全く別の2つのステーションが出来上がるでしょうね。

「ポストISS」はビジネスチャンスが広がる

― 宇宙ステーションを商業化することで、どんなメリットがあるのでしょうか?

まだ不透明なことも多いので、あくまで期待感としてお話しするまでですが、できることの幅がぐんと広がります。

たとえば、国営の現行では「ISSに滞在している宇宙飛行士は民間企業のプロモーション活動に関わってはいけない」というルールがありますが、民営化によって撤廃されるでしょう。また、宗教に関連する活動も現在のISSではできませんでした。一方で「宇宙葬」というコンセプトが数年前から出てきていて、宇宙に遺灰を持っていって個人を偲ぶ、そんな活動もできるようになりそうです。

このように、できることの幅が広がっていく結果として、収益を生み出せる可能性のあるビジネスチャンスも広がるのが最も大きなメリットです。

― 全くあたらしいモノコトが生まれていきそうですね。では逆に懸念されることや課題はありますか?

難しい問題としては、損害賠償があります。現在のISSでは、ひとつの参加国の所有物が損壊した場合、お互い様だということで賠償を免除する国同士の取り決めがあるんです。これが商業宇宙ステーションになっても引き継がれるのかは不透明です。

例えば、ある民間企業が自前の装置を宇宙ステーションに持っていって、それが不具合を起こして運営者の装備に傷をつけたとします。「賠償は3億円です」などと言われたら、ビジネスの場としては厳しいですよね。そういった補償のための仕組みをうまく作れるかどうかは、チャレンジの1つになると思います。

― チャンスが広がるいっぽう、より専門的な知識やステークホルダーとの良好な関係性が求められそうですね。

そうですね。また、もう1つの課題として、運営コストの問題も挙げられます。よくも悪くもビジネスとして運営していくわけですから、例えば米国の4候補者のうちの1企業が選定された場合、その1社は当然ビジネスとして収益を上げていかなければなりません。そうすると利用者から利用料をもらっていく必要があり、その金額が1社の意向次第になってしまう可能性があります。「そもそもそんなお金を払ってまで利用するのか」という根本的な問題に直面する可能性もあります

― メリット・デメリットをふまえ、各国では商業化に向けてどのような取り組みが進められているのでしょうか?

損害賠償の問題については、まだ各国で検討中です。ただ、より本質的な課題として、宇宙ステーションを使うからこそのビジネスの模索が最も重要だと考えています。

ユーザーが何億、何十億円と支払ってくれるような価値を提供できなければ、利用料の問題は永遠に解決しません。微小重力環境であること等の特長に注目し、「ここでしかできないビジネスとは何か」を追求して、そこにお金を払ってくれるユーザーを集めることが、各国共通のチャレンジです。

2030年までの残された時間で重要なのは、トライ&エラーをいかに早く、数多く実施できるかでしょう。そのためには、現在のISS利用での2つの大きなハードルを下げる必要があります。1つはコスト、もう1つはスピードです。ユーザーが宇宙利用を希望してから実際に実現するまでの時間が平均で1-2年かかっており、これを縮める必要があります。

米国では、NASAが確保している宇宙予算に加えて、エネルギー省やNIH(国立衛生研究所、日本でいう厚生労働省的な位置づけ)など、別の省庁の予算もうまく活用しています。これらの予算でユーザーの宇宙利用にかかるコストの一部を補填することで、利用のハードルを下げ、より多くのトライ&エラーを可能にしているのです。日本でもJAXAを中心にコスト軽減の取り組みは実施されていますが、さらなる改善の余地はまだまだありそうです。

この5年で誰もがフロンティアになれうる

― そのような状況下で、Space BDではどのような取り組みを行っていますか?

様々な角度でビジネスのアイデア出しと検証を進めています。ライフサイエンス系の実験や、素材・材料に関する実験、あるいは素材・材料自体を宇宙空間で製造できないかという話、さらには教育コンテンツの作成、エンターテインメントやアート、伝統工芸品を宇宙に持っていってブランド価値を向上させるなど、様々なアイデアを模索しています。

なかでも、ライフサイエンス実験に注力しています。これまでの国際宇宙ステーションには基礎研究に特化した実験装置しかありませんでした。これを今後ビジネスとして展開していくためには、例えば製薬企業にとって本当に価値のある実験装置が必要です。どういった実験ができればいいか、それを実現するためにはどういう設計の装置が必要なのか、そういったことを一生懸命詰めているところです。

―企業にとって宇宙を活用するメリットはどこにあるのでしょうか?

これが一番難しい質問です。現時点では『宇宙を使うとこういうメリットがある可能性があります』という話しかできない状況です。これでは相手にとって十分な魅力とはなりにくい。『これをやれば何百億円分のリターンがあります』と言えてはじめて、企業は本気で興味を持ってくれると思います。
ちなみに、現時点でも手応えを感じるのは企業の採用面での魅力づけです。

― 「宇宙 ✕ 採用」ですか?

はい。特にエンジニア採用において、宇宙関連の事業を行っているということは大きなインパクトがあります。複数の企業から『うちは宇宙をやっています』と言うだけで採用面での効果があると聞いています。

実際、この10年で宇宙ビジネスの裾野は確実に広がっています。以前は日本で宇宙を学んだ学生が就職しても、必ずしも宇宙関連の仕事に就けるわけではありませんでした。でも今は違います。宇宙に興味を持つ人材の受け皿が着実に増えているんです。

― なるほど。多くの企業が自社事業等で「宇宙を活用する」というHow自体、きっと持ち合わせていませんでしたよね。

それはよく言われることで、「重力がある・ない」を変数として考えたことがない企業がほとんどです。だからこそ、様々な業界・企業で成功事例が生み出され、こうした判断軸や変数自体をビジネスにかけ算するという考え方が定着することで、宇宙産業が盛り上がるのみならず、コラボ先の会社やコラボ先の業界自体もどんどん変わっていくでしょう。

理想はインターネットと同じように、ユーザーが自分で使い方を考えるような世界です。そうすれば本当の意味での商業化に近づくと思うんです。今はまだ宇宙に関するノウハウが閉じてしまっているので、知っている人が提案型でユーザーに回るしかないのですが、宇宙利用の仕方も、宇宙でできる成果ももっと分かりやすくなれば、決して遠い未来の話ではないと思います。

― そんな世界になるには2030年までのこの5年間が勝負ということですね。

その通りです。まだ「勝者」や「勝利パターン」が決まってない、いちばん難しく面白いタイミングです。

ずっと国で主導されてきたがゆえに、「宇宙業界」という響きがすごく遠い存在に感じられがちでしたが、アーティストとのコラボレーションなども進んでおり、感性的なものがある人も参画したら楽しめることがどんどん増えていくと思います。

何か自分でゼロから創り出したい。そんな人に絶好の環境が、まさに今の宇宙業界なんです。

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