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幻の海老を味わう。
文・撮影/長尾謙一
平たくうちわのような姿をしていることから〝うちわ海老〟と呼ばれる。漁獲量が少なく産地消費されるため、他の地域には出回らない幻の海老だ。
〝幻の海老〟を漁獲のない時にも使えるというメリット。
希少な〝うちわ海老〟をお刺身グレードの冷凍商品に
「〝うちわ海老〟を食べに来ませんか。」とメールをいただき、早々に熊本を訪ねることになった。誘ってくださったのは熊本の水産仲卸、(有)川津義雄商店の桂社長だ。
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桂社長は半年前発行の弊誌2022年冬号で、「復活、お刺身伊勢海老」の巻頭企画でご紹介させていただいた。
その内容は、活きている伊勢海老をアルコール凍結させて、わずか25分後にはお刺身グレードの冷凍商品にする驚きの商品づくりだった。
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厳しく原料選別して、一尾一尾を手に持って氷水の中でゆすることにより最短時間で仮死状態にする。これを独自に開発した特殊包材で真空パックして短時間でアルコール凍結させる。
こうしてつくられた「お刺身伊勢海老」は極めて品質の高いもので、解凍して刺身で食べてみると、食感、旨み、甘み、香り、どの要素も〝活〟の伊勢海老に負けていなかった。
さらに今回、桂社長は〝うちわ海老〟を「お刺身伊勢海老」同様に、お刺身グレードの「お刺身うちわ海老」に仕上げていた。
〝うちわ海老〟は九州から島根あたりまでの西日本、千葉や伊豆でも漁獲されるが、水揚げ量がとても少なく産地消費されてしまうため、他の地域にはなかなか出回らない。このため知名度は低く隠れた逸品となっていて、希少性が高く、まさに〝幻の海老〟である。
もし、この〝幻の海老〟を漁獲のない時にも安定して使えるとしたらどうだろう。〝幻の海老〟を組み込んだメニューはお客様から注目されるに違いない。希少性をコントロールすることで付加価値が生み出せる。
あくまでも個人的な感想になるが、〝うちわ海老〟を刺身で食べてみると、プリッとした身は噛むほどにねっとりとしてきて、その甘みと旨みは伊勢海老に勝る。本当に旨みが濃い。ただ伊勢海老の方は香りにすぐれ、その姿は美しい。
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〝うちわ海老〟の刺身
歯ごたえのいいプリッとした身は噛むほどにねっとりとしてきて、甘みと旨みが強い。このおいしさは伊勢海老に負けない。
さて、前回は「お刺身伊勢海老」とともに品質の高いボイル蛸と鰆をご紹介したが、今回も「お刺身うちわ海老」の他に新たな商品をご紹介したい。
私が前回訪問してからわずか半年の間に、桂社長たち熊本の新商品開発チームは、さらに技術を磨き魅力的な商品を生み出していた。
〝旬〟〝目利き〟〝技術〟の三位一体で挑戦
今回は地元のお店にご協力いただいて、桂チームが開発した商品の試食会が開かれた。会の冒頭から豪華な刺身の盛り合わせが出された。
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惹きつけられる。
もはや鮮魚と冷凍魚の差は見分けることが難しい。それほどまでに加工技術は進化した。旬の魚を吟味し適切に加工されたものは鮮魚を凌駕する。
写真右上から「サワラ」、その下が「カジキ」、中央上に「お刺身伊勢海老」、その下に「お刺身うちわ海老」、左上に「ヒラメ」、そして、その下が「タチウオ」である。
出されたボリュームもさることながら、色といい艶といい、それぞれの海老、魚の存在感に思わず惹きつけられた。脂ののった濃厚な旨みや、しなやかな歯ごたえが食べる前から伝わってくる。
地方取材用の簡易なライト1灯で撮影したため、その臨場感を十分お伝えできないのがとても残念だ。
「サワラ」の刺身は脂がのっていて上品な甘みがたまらない。「カジキ」も脂がのって、まるでマグロの刺身のようだ。
「お刺身伊勢海老」と「お刺身うちわ海老」は想像通り、独特の食感と旨みで期待に応えてくれた。薄造りされた「ヒラメ」はコリコリした身と淡白な白身のおいしさを楽しませ、そして炙った「タチウオ」は香りが立ち、甘みが増しておいしい。いずれも鮮度のよさが分かるおいしさだ。
黙って出されるとこれらが冷凍商品だと分からない。料理していただいたお店のご主人も地の魚はよくご存じだが、持ち込まれた商品の品質の高さには感心していた。
この品質はどのようにしてつくり出されるのか。それは〝旬〟を見極め、その品質を〝目利き〟し、今までにない最高の〝技術〟で加工する。彼らはこの3つの要素を常に磨き、最高の付加価値を生み出している。
〝渦巻処理〟という特許技術
彼らは独自に編み出した特殊な加工方法を魚種によって巧みに使い分けている。今回は桂社長が編み出した〝渦巻処理〟という新技術をご紹介しよう。
今の一般的な活け締めでは脳締めした後に、魚の脳から背骨の上を尻尾まで通る神経に金属のワイヤーを通してこれを壊す〝神経締め〟が主流だが、脳や神経を壊してもこれが体内に残る限りその影響があり痙攣をもたらす。これによって旨みのもととなるATPが減少するのだ。
〝渦巻処理〟とは、新たな活け締めの技術として桂社長が考えた特許技術で、脳締めで魚を脳死状態にした後、脳と神経を吸い取って除去してしまう方法だ。脳と神経を体内から取り除くことで痙攣を抑えることができる。これによって鮮度を保ち、旨みを最大限に引き出すことができる。
今回は桂社長にヒラメの〝渦巻処理〟を見せていただいたのでご覧いただきたい。
今回の商品では、「ヒラメ」と「カジキ」が〝渦巻処理〟されており、特に船上で処理された「カジキ」の旨みは際立っていた。
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※ヒラメは動画撮影用のもの。商品には5キロ~8キロの寒ヒラメを使う。
「おいしい物しかつくりたくない。」その気持ちを大切にしたい。
価格ありきの時代から品質ありきの時代へ
それにしても価格優先の時代が随分長く続いてきたものだ。これは冷凍水産商品に限ることではないかもしれないが、安い価格帯のものはよく売れ、供給側もその価格帯を目指して商品開発をしてきた。
このため原料調達、加工技術、加工設備、物流、保管設備など商品をつくる工程の中で、価格優先のために妥協してきた要素があったに違いない。それは、ダイレクトに商品の品質に反映された。
しかし、圧倒的な物価安の日本で、さらに価格ありきの商品開発を続けることはもう意味がない。
桂社長たち熊本の商品開発チームがつくる冷凍水産商品はどこにも妥協がない。旬の時期を逃さず、しっかりと目利きし、彼らが編み出した新たな方法を取り入れてつくる唯一無二の商品。どの商品からも「おいしい物しかつくりたくない。」という気持ちが伝わってくるようだ。こうした商品開発が地方ではじまっていることに注目しよう。
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後日、それぞれの商品を送っていただいて撮影したが、どの商品もドリップが出ないのには驚いた。彼らがプライドをかけてつくり上げた冷凍商品をご紹介しよう。
お刺身うちわ海老
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一度にたくさん獲れることが少ないため、幻の海老と呼ばれる
これが海老といわれても素直に納得しづらいが、そのうちわのような姿から〝うちわ海老〟と呼ばれるようになったという。刺身で食べるとプルンと歯ごたえがよく旨みと甘みが濃厚で、そのおいしさは伊勢海老に勝るほど。そのまま塩焼きにするとその旨みは爆発的らしい。水揚げ量が少ない希少な海老で、アルコール凍結したお刺身クオリティーの冷凍品が流通することは、今までになかったに違いない。
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お刺身伊勢海老
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お刺身で食べられる品質は冷凍品ではとても希少
原料は活きたまま工場に搬入し、髭、足、殻の硬さまでチェックする。選別した原料を人の手で活きたまま氷水の中に入れてゆすり最短時間で仮死状態にする。これを一尾一尾特殊包材で真空包装してアルコール凍結させる。活きている伊勢海老が25分後には冷凍商品となる。身は甘く濃厚な旨みを持ち、その香りは海老の中で最も華やかだ。伊勢海老もお刺身クオリティーの冷凍品はとても希少だ。
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タコ
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活きたタコを腑抜き処理し熟練の技術でボイル
活きた状態で加工工場に搬入されたタコを腑抜き処理し、これを時間を置かずに塩揉みしてボイルする。実はこの塩揉みにこそ特別な技術がある。さらにボイルする温度や時間、余熱でどれくらい熱を入れるのか、そして、どれくらい冷却するのかは、それまで繰り返し作業を積み重ねてきたノウハウだ。4分の1にカットして真空包装後にアルコール凍結する。タコ独特の、弾力のある歯ごたえと旨みは絶品だ。
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サワラ
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原料はすべて寒サワラに限定、2.5キロ以上のものを使う
原料は10月から1月の間に水揚げされる寒い時期の寒サワラに限定。この時期のサワラは脂がのって状態がいいといわれる。仲卸が厳しく目利きしたものを、魚体に触り張りをチェックし、すべて2.5キロ以上のものを使い特殊製法でつくる。脂質が多く、人の口の中の温度で溶け出すため、にぎり寿司で食べると旨みのあるサワラの脂がシャリを包み、そのおいしさはクセになる。
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ヒラメ
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寒ヒラメがおいしい1月から2月の原料を〝渦巻処理〟する
原料は寒ヒラメがおいしい1月から2月にかけて水揚げされるものに限定。サイズは5キロから8キロとかなり大きい。活け越ししてストレスを緩和させたヒラメを〝渦巻処理〟することで、旨み成分に変わるATPが魚体に多く残り、これを冷凍解凍すると身質の弾力と豊かな旨みを見事に再現する。冷凍加工時には特殊製法により身の表面になるべく氷結晶が付着しないよう丁寧に仕上げている。
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タチウオ
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熊本の内海で獲れる太刀魚はサイズも脂の旨みも別次元
太刀魚の獲れる熊本の八千代海は、九州本土と天草諸島などに囲まれた閉鎖的な内海で、河川からミネラルを含んだ水が湾に流れ込みプランクトンが豊富だ。このためここで漁獲される太刀魚は肥え太り、サイズ、脂の旨み共に別次元の品質を持つ。美しい魚体は特殊製法により解凍してもまったくドリップが出ない。皮がくっつかず身が壊れないため、保管しやすいロール状にしてパッキングしている。
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カジキ
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漁師が船上で〝渦巻処理〟するという究極の鮮度がその旨みにあらわれる
魚体に負担がかからないように、こだわりの漁法で釣り上げたカジキを漁師が船上で〝渦巻処理〟する。このスピード感がポイントだ。このため魚体に旨みが増し、そのまま鮮魚として販売しても高値がつく。その貴重なカジキを熟成させ、さらに旨みを凝縮させる特殊製法によってサクの形に加工する。刺身や寿司にも使いやすく、煮物や焼き物メニューでもふっくらとした身のやわらかさと濃厚な旨みを味わえる。
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(2023年6月30日発行「素材のちから」第49号掲載記事)