手しごと天丼
奇をてらうのではなく、おいしさの〝ひらめき〟を詰め込んだ「変わり天丼」を出す。
文・撮影/長尾謙一
・マングローブ ソフトシェルクラブ
・生冷サクラエビ刺身用
(素材のちから第43号より)
「手しごと天丼」のアイデアと技を知りたい。
「分とく山」野﨑総料理長に、〝ソフトシェルクラブ〟と〝生冷サクラエビ刺身用〟を使った「手しごと天丼」をつくっていただいた。
『分とく山』 東京都港区南麻布
総料理長 野﨑 洋光 さん
丼は庶民的なメニューだけに高い価格をつけるにはなかなか勇気がいる。だが、この「手しごと天丼」は自信をもって提供できる。
「ソフトシェルクラブ」の存在感を出すために
贅沢感のある甲殻類は、あまり仕事をしすぎると素材の価値がなくなってしまいますから、海老は海老らしく、蟹は蟹らしくお客様に召し上がっていただけるよう心掛けます。「ソフトシェルクラブ」を丼にするには、この渡り蟹の姿をどうやっていかすかを考えました。
衣で包んでしまうと姿が分かりにくくなります。丼にのせる蟹が1杯であってもその存在感を出したいと思います。そこで、衣で包んでしまうのではなく、軽く小麦粉をまぶしてカリッと揚げ、〝蟹まるごと〟の価値を出します。
次にソースです。「ソフトシェルクラブ」はソースに絡ませないとおいしくない。そこで中華風のとろみのあるソースが頭に浮かびました。それを和風でするにはどうしたらいいか? そこでちょっと濃い照り焼きのようなタレをつくることにしました。
みりん5に対して酒3、醤油1の割合で混ぜ、ここに揚げた「ソフトシェルクラブ」を加えて煮詰めます。「ソフトシェルクラブ」から旨みが出てきますから、詰めていけば〝蟹のソース〟になります。
出汁を使ってソースをつくると味にばらつきが出ますが、5対3対1でソースをつくれば変わりません。詰めていけばいつも同じソースになります。
この〝蟹のソース〟をかけると「ソフトシェルクラブ」の甲羅に絡みついて、いい艶が出て蟹らしい丼に仕上がります。
最後は食感です。丼を食べた時に〝おいしい〟と感じる食感が何か欲しいのです。そこで、長芋ときゅうり、長ねぎのシャキシャキ感を加え大葉の香りを入れました。長芋、きゅうり、長ねぎは大きく切るとご飯と混ざらず食べにくいので、5ミリほどのあられ状に切ります。こうしておくと噛むごとにシャキシャキした歯ごたえがあって、さらに大葉の苦みと香りが広がります。
そこに温泉卵のとろっと感も加わります。また、揚げ物にはさっぱりとした葉っぱが食べたくなる。そこで、ベビーリーフと長ねぎを添えました。
まるごと殻まで食べられる「ソフトシェルクラブ」らしさをいかした丼ができたと思いますが、いかがでしょうか。
桜海老のかき揚げ丼は、サクサクとした食感を楽しんでもらいたい
海老のおいしさは身と殻にありますから殻がないと海老のおいしさは半減します。ですから私は、殻ごと食べられる桜海老は海老の中で一番おいしいのではないかとさえ思っています。伊勢海老や車海老に比べると安価な海老に見られますが、近年は漁獲がありません。高級な海老になりつつありますから、もう一度その価値を再確認していいと思います。
「生冷サクラエビ刺身用」は生姜とセロリ、三つ葉と一緒にかき揚げ丼にします。生姜とセロリ、三つ葉は海老の臭みを消し旨みを増し、カリカリのかき揚げにすることで桜海老の殻の香ばしさと身の甘さがいきてきます。
天丼はご飯にタレをかけ、天ぷらをタレにくぐらせてのせますが、こうするとせっかくのかき揚げのサクサク感がなくなります。また最後にタレが丼の下に溜まり、タレをたっぷりと吸ったご飯をすするように食べることになります。やはり桜海老のかき揚げはサクサクで食べて欲しい。
そこで、丼の地に片栗粉を加えてとろみをつけて卵でとじてソースをつくります。これをご飯の上に敷き、その上に桜海老のかき揚げをのせました。とろみがつくことでソースの水分がご飯に移りにくく、かき揚げはサクサク、ご飯も卵もおいしく食べられます。
タレをくぐらせないかき揚げは濃い味を持ちませんから、そのまま上にのせるだけなら下の風味を強くしておかなくてはおいしくありません。そこで、丼の地に煮干しを加えて旨みに濃厚感を加え、これを卵と合わせることによって強いちからになります。
狙い通り上がサクサク、下はとろりの天丼ができあがりました。
(2021年12月28日発行「素材のちから」第43号掲載記事)