3㎏アップの天然真鯛をどう使う?
3㎏の天然真鯛を即決で大量に買う〝地魚屋〟がいる
真鯛は刺身、焼き魚、煮付け、鍋料理、鯛めし、天ぷらなど、さまざまな料理に用いられる。売れ筋サイズは1kgで、これは使いやすい大きさだからだ。この天然真鯛は3倍以上ある。さらに天然となれば高価なため敬遠される。いったい、こんなに大きな天然真鯛を大量に買ってどう使うのだろう。
文・撮影/長尾謙一
宮城県石巻の「地魚屋のクリエイティブ」を追う
今、日本の魚は小売りも外食店向けも規格品が主流で、スーパーには大きさの揃った魚の切り身がパックに入って並ぶ。外食店でも大きさの揃ったフィレや一人前の料理として出しやすい決まったサイズのポーションが使われる。こうして使いやすさの点から、魚はサイズと価格が優先されてしまう。
しかし、魚は大きいものほど脂がのっておいしい。〝地魚屋〟は魚の身の食感、香り、脂の旨みなど、魚本来の魅力にこだわって商品開発する。そして、こうした付加価値のある商品づくりが漁業の将来の役に立って欲しいと願っている。
水産加工の現場を訪ねて「地魚屋のクリエイティブ」
もっともっと、魅力のある魚を外食店の皆さまにお届けしたい。
株式会社ナチュラルシー
代表取締役 高野 貴之 さん
〝地魚屋〟とは聞きなれない言葉だろう。一般的には〝魚屋〟が鮮魚店のことだから、本来なら地元の鮮魚店という意味になる。今回は鮮魚店ではなく冷凍水産品の販売会社を経営する高野氏を〝地魚屋〟としてご紹介したい。先ほどの天然真鯛が水揚げされたのは宮城県石巻。水揚げ量、水揚げ高ともに日本有数の漁港である。地場で水揚げされる魚にこだわる〝地魚屋〟は、この漁港を拠点に活動している。
販売者が実現する〝6次産業化〟が付加価値の高い商品を生み出す
皆さんは〝6次産業化〟という言葉をご存知だと思う。高野氏はこれまで、1次産業である水産業者と2次産業の製造加工者、そして3次産業の販売者を一体化させて商品をつくってきた。つまり、〝6次産業化〟を実現してきたと言える。
自身は販売者でありながら水産業者から大量の魚を買い上げ、製造加工者に委託して商品をつくり、これを自らのコストとして全量を買い上げて在庫して販売する。つまり販売者がすべてのリスクを負うことで商品づくりを一体化させてきたのだ。だから水産業者も製造加工者も安心して商品づくりができる。
本来、販売者はできあがった商品を自身の必要な量だけ買えばよく、原料の魚を買ったり加工費を支払うことはあまりない。日本政府は1次産業である水産業者による6次産業化をすすめたが、高野氏はこれを販売者という3次産業側から行う。
こうした3者の一体感から生み出される商品には、市場を見据えた販売者としての読みや、魚の目利き、熟練の加工技術、最新の凍結技術、最良の冷凍保管システムが存分にいかされ、付加価値の高い冷凍の水産商品が生み出されてきた。このように商品づくりを地元の人たちと一緒に実行していくことは、まさに〝地魚屋〟の三位一体のクリエイティブと言えよう。
高野氏と魚市場で朝ご飯を食べていると「おはよう!」と声がかかる。とりとめもない話からすぐに魚の話へ。市場に集まる人たちとの交流は大切な情報源だ。
使いにくいと敬遠されがちな大きな魚ほど脂がのっておいしい
金華鯖は、魚体が500g以上の大型のブランド鯖で人気が高い。しかし、通常スーパーなどで販売されている鯖はサイズが小さく価格も安いノルウェー産のものが圧倒的に多い。脂がのったおいしい金華鯖も価格だけで比べられると太刀打ちできない。
次に先ほどの3kgアップの天然真鯛だが、真鯛はお祝いの席に使われたり料理の用途も広く人気がある。しかしサイズは1kgのものに大きな需要があり、この天然真鯛のように3kgアップとなると、ちょっと大きすぎて扱いづらく売りにくい。
天然物ならではの鮮やかな色とクセのないおいしさをアピールして販売したいところだが、使い手の求めているものが違うのだから仕方がない。
天然のサクラマスも同じだ。産地は北海道、魚体は2.5kgアップで脂がのっている。幻の魚とさえ言われるが、コロナのため従来需要のある高級料亭などからの注文がない。
このように、どんなにおいしい魚でも、買い手側のニーズに合わなければ評価されないのだ。
おいしい魚をタイミングよく手に入れる
〝地魚屋〟のアンテナは、こうしたおいしい魚がある時に敏感に反応する。そして迷うことなく大量に買い付ける。こうした魚をタイミングよく手に入れることができるのは、リスクを背負って三位一体の商品づくりを実行しているからだ。
そして、買い手側のニーズに合わなければ魚を加工することによってそのニーズをつくっていく。その商品のイメージは長年培ってきた販売者としての勘が教えてくれるのだ。高野氏はこの魚体の大きな魚たちを大量に買った。さて、どんなクリエイティブをするのだろう。
三位一体の商品づくりの品質
手に入れた原料は製造へ回され、〝地魚屋〟のイメージした商品がつくられる。加工には水産物をよく知るスタッフが集まり、熟練されたテクニックでラインを組む。そのため作業は丁寧で、正確で、スピーディーでまったく無駄がない。まさに鮮度との戦いだ。流れるように作業が進み、どんどんと商品ができあがっていく。もちろん加工場のスペースも広く、衛生管理も徹底されていて申し分ない。
さらに冷凍商品の品質に 〝凍結技術〟は重要だ。加工された原料は窒素凍結、アルコールによるリキッド凍結、3D凍結など最適のシステムで凍結され商品となる。
そしてここからが重要だ。水産関係の方ならどなたもご存じなのかもしれないが、今回の取材で初めて分かったことがあった。安定した温度での冷凍保管の重要性だ。今回特別に冷凍倉庫のシステムを見せていただくことができた。
普通ならフォークリフトが何度も倉庫内に出入りして忙しく動き回る。踊るような運転操作で見事に商品を出し入れするのが冷凍倉庫の見せ場のようだとさえ思っていた。しかし、この冷凍倉庫にはフォークリフトが見あたらない。その代わりにロボットアームが見える。このアームで商品を持ち上げパレットに載せて冷凍倉庫内に入れるのだろう。そして、オートマチックで無駄のない入出庫管理が行われ、倉庫内の温度変化を最小限に抑えているのだ。
たとえば、冷蔵庫の扉の開閉が多いと当然、庫内の温度は安定しない。そうすると保存していたものにはダメージがある。開閉頻度は多ければ多いほどそのダメージは大きいはずだ。冷凍倉庫も同じだ。従来、冷凍商品の賞味期限はマイナス18℃以下の温度で保存することを前提に製造業者が決めるものだが、保管温度の変化までは想定していない。常に一定の保管温度が保たれることが前提条件だ。
〝地魚屋〟の商品は〝セミ超低温(マイナス35℃)〟の倉庫に入れられ、変化のない安定した温度で保たれる。安定した〝セミ超低温〟での保管により鮮度に大きな差が生まれるのだ。
また、〝地魚屋〟は販売拠点もここに構え、無駄な物流費を抑え温度変化をなくすために商品は主要都市の倉庫へは移さない。商品の発注があれば日本中へここから直接発送する。産地で加工し、そこで在庫して販売する。マーケティングもここが拠点だ。
日本は海外から大量の水産品を輸入してきた。しかし今、コロナの影響で海外での生産が思うようにいかず、物流費も高騰している。また、海外の商品を買おうにも、デフレの著しい日本に輸入して一体いくらで販売するかを考えれば、どうしても他国に買い負けて調達がうまくいかない。しばらくはこうした状況が続くだろうから、おそらく国産の魚が注目されることになるだろう。
さて、〝地魚屋〟は金華鯖を〝しめ鯖〟と〝へしこ〟にした。〝しめ鯖〟は独自の製法で酢角のないなめらかな甘さにして、今まで〝しめ鯖〟が苦手だった人にも食べてもらえるような味の設計にしてある。
〝へしこ〟は若狭地方の郷土料理を取り入れた鯖の糠漬けで、酒の肴やお茶漬け用だ。
天然真鯛は〝なめろう〟に。真鯛の風味が味わえるように味噌を使わずにごまを使った。
天然サクラマスは〝昆布じめ〟にした。もともと幻の魚と言われるだけに、旨みを増せば絶品だろう。
そして、これを自社の関連会社を通じてテストマーケティングする。三位一体の〝地魚屋〟のクリエイティブははたしてどのように評価されるだろう。楽しみだ。
(2021年12月28日発行「素材のちから」第43号掲載記事)
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