雨と馬鈴薯

課題の供養(未完)

(略)

大粒の雨が、アスファルトを叩いて、家路につく部活帰りのローファーに、染みる。大皿をひっくり返した、初夏の風物詩。雨が降ると、この味を思い出す。

軒先を滴る、六月いちばんの降水。傘もないまま、夕立にふられて、命からがらそこに逃げ込んだ。激しい雨音が、ガラス窓の向こうに聞こえる。

「ああ、もう。今日から夏服だったのに、びっしょりだ。」
「予報では降らないはずだったけどねえ。あーあ。」
「ほら、こんなに。」
「散々だね。」

彼は、押し入れから今朝だしたばかりの半袖シャツを、いますぐにでも脱ぎたそうな顔をした。肩の白い布地が透けて、ちょっぴり焼けた肌が見える。野球で鍛えた腕だ。
さて、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。早く注文をしなくては。

「えっと、なににする?クーポン使う?」
「いや、もう決めたよ、右端のにするわ。」
「列、ならぶか」

土曜日の午後2時すぎは、さほど混まない。液晶をなぞりながら待っていると、ほどなく、順番が回ってくる。注文して店内で食べる旨を伝え、前会計をすませるまで、おそらく1分も無いだろう。それが、この手のファストフード店での決まりでもある。

受け渡しカウンターの前で、出来上がりまで友人と駄弁る。濡れた制服が冷房の風にあたって、寒くなってきた。日曜に風邪をひくのは勘弁してほしい。

揚げ物の、激しい雨のような、それでいて食欲を掻き立てる音が、店内を支配する。
いや、支配されるのはこの店内ではなく、唾液腺かもしれない。
機械から、無機質な産声が、耳に届く。揚がったのだ、幾億ものそれを生んだ、灼熱の海から。地曳網がすくい上げたそれに、店員は、塩を振りかけて、均等になるように慣らす。

注文からここまで、わずか3分。
思わず唾を呑んだ。やっと漂ってきた、その香りに唾液が分泌されたのだ。注文はLサイズ。入れ物にひとつひとつ、丁寧に装填されていく黄金色に、目を奪われた。まだか、まだかと、一秒が引き延ばされていくような感覚を、努めて抑えながら、モニターに注文番号か表示されるのを待つ。あ、トレーを準備している。いよいよだろう。

店員が熱そうに、けれども大事そうに、赤い一張羅を着たそれを、トレーに敷かれた広告紙に乗せると同時に、モニターの番号が、灰色から緑色に変わる。
レシートをカウンターに持っていくと、その店員はにこやかに微笑みながら言った。

「***番のお客様、お待たせいたしました。」
「ありがとうございます。」
「ごゆっくりどうぞ。」

振り返ると、同じく手にトレーを持った友人が階段の前で、待っていた。

(続く?)

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