江川海岸
いつも通り課題の供養と黒歴史の漂白です。
「あっぢいなあ。」彼は言った。不快そうな声音だった。干潟は7月の青空を反射して、遠くのほうまで光っている。かんかん照りの夏が泳いでいた。
その日は、特に行きたい場所もなかったので、海を見たくなった。近くのローソンにレンタカーを停めたまま、防波堤に腰を下ろす。渚の潮風は温度がまばらで、湿った熱風に眉をしかめて束の間、突然に涼風がやってくる。腐ったわかめのような、磯のにおい。
別に嫌ではないが。
やけに配管が多いシルエットが海上にかすむ。「あの煙、なんだろうねぇ。」遠く水平線を指さして、私は尋ねた。「君津の方だね。火力発電所があったと思う。」無感情にそう呟いて、目を細めた彼は、カバンからメビウスオプションパープルの箱と、使い込まれた携帯灰皿を護岸のコンクリートに置き、その一本に慣れた手つきで火をともした。
人工的な甘さを纏った紫煙が、潮気の強い空気に混じる。それがただの呼出煙だったのか、あるいはため息か、私には知る由はない。
まとわりつく湿気と、磯臭い中のやたら甘い匂い。かすかな波の音。
決して戻らない時間が、ゆらり、陽炎に流れていく。
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