れあはてんちょの看板娘いぬ
※登場人物※
『れあ(娘いぬ)』
可愛い制服に身を包み、はじめてお店の手伝いをする
美味しそうなパンとお菓子の香りが強敵だよー
『ごしゅじん』
ちいさな洋菓子店「ちゃりおっと」の店長&パティシエ&ブーランジェ
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「いらしゃいませ……ありがとうございました……いらっしゃいませ……」
パンのいい香りと、お菓子の甘い香りにつつまれて、
まだ開くことの無いお店の入り口に向かって何度も小さな声で練習。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ……うん、大丈夫大丈夫……」
いままでお店にいることはあったけれど、この姿でいるのは初めてだし、
お客さんを相手にするのも初めてだ。
「ちゃんとできるてる、よね?」
確かめるようにつぶやく。
……どんな感じなのかな、怒らせたりしないかな……
不思議がらせたり、怖がられたりしないかな。
ごしゅ……ボクのせいでてんちょのお店のコトを悪く言われたりしないかな
そんな不安も浮かんできてしまう。
「……ダメダメ、ボクはごしゅ……てんちょの為にがんばるんだもん」
頭を左右に振って思いなおす。
…………
……それとも。
お客さんに、てんちょのお嫁さんに間違われたれたりして?
「いらっしゃいませーー。
はい? ボ、ボク……ですか?
……えへへ、ボクは……てんちょの……お嫁さんです……わぅ、ポッ♪」
その時のコトを考えてモジモジしてしまう。
「わふぅ……
もっとしっかりものお嫁さんっぽい感じの方がいいのかなぁ……」
熱くなった頬に手を当てて考えていると
「れあ」
優しい声がを後ろから聞こえた後、頭をなでる感触が体を震わせた。
「ごしゅ……てんちょ!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「くぅん……てんちょはどんなお嫁さんがいいの……?」
もたれかかるようにくっつきながら思わずくちからでちゃた……
「えぇ……。
そうだなぁ、お店を手伝ってくれる人だと嬉しいかな」
少し考えたあと、困り顔をしながらそんなことをゆう
「わぁう! それは、ボクってことだね、てんちょ!」
「そうだね」
笑いながらまた頭をなでてくれる。
「えへへ……よかった♪」
そのためにボクはこうなったんだもん。
「お店あけるね、てんちょ」
「あ、そうだね。 手伝おうか?」
「わぅ! 大丈夫だよ、てんちょ。 ボクちゃんと知ってるもん!」
何度も何度もてんちょがやっているのを横で見てる。
「わかった。 れあ、よろしくお願い」
「うん!」
てんちょに『よろしくお願い』って言われた。
その言葉がすっごく嬉しい。
抑えられないくらいしっぽを動かしながらお店の入り口の鍵をあける。
チリン……とドアに付けたベルが心地よい響きをさせる。
店内の良い香りが少しづつ外に流れていく気がするよ……♪
(……えへへ、パンとお菓子のいい香りさん、お客さんを連れてきてね♪)
少しだけ入り口のドアを開けて、看板を持って外に出る。
いつもてんちょが置いている所と同じ場所に看板を置いて……
(うん、ちゃんと書けてる書けてる)
看板には今日のおすすめパンとお菓子の名前が書いてある。
これもてんちょがボクに書かせてくれた。
「よし♪」
それからドアに掛けられているプレートを『OPEN』にして
お店に戻ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「もう入ってもいいのかな?」
振り返ると、いつも朝パンを買いにくる常連さんがいた。
てんちょのパンが大好きだって前に言っていた、おじいさんとおばあさん。
ボクの事も可愛がってくれていた。
「は、はい、大丈夫です! え、えっと、い、いらっ……」
さっきあんなに練習したのに言葉がスッとでないよぉ。
おじいさんとおばあさんはそんなボクをニコニコと見守ってくれていた。
「……はぁ~~ふぅ~~、
はい、開いてます! どうぞお入り下さい! いらっしゃいませ♪」
言えた!
きっとちゃんと笑顔で言えている……と思う!
「れあちゃん、やっとお店を手伝えるようになったんだねぇ。
よかったねぇ、嬉しそうだね」
おばあさんがそんな事を言い出す。
「え……?」
「そりゃ、ずっとお店で店長さんにくっついて、沢山勉強していたしな」
おじいさんも目を細めて笑いながら言う。
「ぅわう? ……ボクのコト、わかるの?」
ボクはこの姿になってから一度もお店には出ていない。
だからボクが娘いぬっていう事もまだ誰も知らないはずなのに……。
それにみみもしっぽもアクセサリーみたいにしているのに。
「そりゃわかるよ」
ふたり揃って笑われてしまった。
「わぅ……そう、なの? かな? あれれ……」
「見た目はずいぶん変わったけど、すぐにわかったよ。
可愛らしい姿になっても間違いなく、れあちゃんだ」
「そっかぁ……えへへ……。
あ、お店の中にどうぞどうぞ、
今日のてんちょのパンもすっごく美味しいよ」
「ありがとう、れあちゃん、選ばせてもらうよ」
そう言って最初のお客さんはお店の中に入っていった。
「わふぅ……ボクって事がすぐにわかっちゃった……なんでだろ。
言われたとおり姿は全然違うのに……」
イヌの姿からヒトの姿になっているのにな……?
不思議に思いながらお店の中に戻る。
木の棚に焼き菓子を並べているてんちょを見つけ、
しっぽを揺らしながら、てんちょの隣にぴったりとくっつく。
「ねぇ、てんちょ?」
「ん?」
「ボク、もうバレちゃったみたい」
「あはは、そうだろうね」
「わぅ……」
「だから大丈夫だよって言ったんだよ」
「……」
「れあ?」
「よくお店に来るお客さんは
同じようにボクのコトわかっちゃうのかな……?」
「常連さんならわかるかもなぁ……」
「うぅぅ、なんだか急に照れくさくなってきちゃった……。
ごしゅ、てんちょ、てんちょ、ボク、制服変じゃない?大丈夫?」
「……」
「わぅ……てんちょ……? ボク、似合ってる?
看板娘いぬになれるかな……?」
てんちょは優しく頭をなでながら言ってくれる。
「れあ、制服も似合っているし、すごく可愛いよ。
それにこの制服が似合うのは、れあしかいないんだから。
さすが自慢の……ウチの店自慢の看板娘いぬだよ」
「わぅ! えへへ、ありがとう! てんちょ♪
大好き♪ 大好き♪」
ぶんぶんとしっぽをふりながらてんちょにじゃれつくボクのコトを
楽しそうに見ているお客さんに気づくのはもう少しあとだった。
【おしまい】