さくらと桜
『さくら(娘ねこ)』とご主人さまがお花見に。
その桜は『さくら』にとっては大事な桜の樹。
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林道から少しそれた細い道を歩いていくとやがて満開の桜が見えてきた。
アーチのように道の左右に桜の樹が数本づつ並んでいる。
さくらはその桜のアーチの手前で止まり、くるりと後ろを向くと手を振る。
その先には手を振り返してくれるご主人さまがゆっくりと歩いてきていた。ひらりと落ちてきた桜の花びらが前髪に引っかかる。
「にゃ?」
最初は取ろうと思ったけれど、そのままにして、落とさないようにして
歩いてくるご主人さまを待つことにした。
「ご主人さま、満開なのですよ」
「うん、今年も奇麗に咲いているね」
「はい、すっごくきれいなのですよ♪」
「そうだね……ん?」
何かに気が付いたご主人さまが頭の上に手を持ってきて、髪の毛に触れる。
「ご主人さま?」
「さくらの髪の毛に桜の花びらが引っかかっていたよ」
「にゃぁん、ありがとうございます、ご主人さま♪
あ、ご主人さまご主人さま、見せて下さいなのですよ」
桜の花びらをもつご主人さまの手にを握って目の前に持ってくる。
「そんなに見たいならあげるよ」
「や、なのです♪ ご主人さまの持っている花びらが見たいのですよ?
えへへ、かわいいのです♪
それに、さくらの髪の毛の色といっしょなのです。
どうですか?」
そう言って握ったままの手を頭に持っていく。
「そうだね、同じ色だ。 あっ」
不意な風でご主人さまの手にあった花びらが風に舞う。
「飛んで行っちゃった……ごめんな、さくら」
「ふふっ、いいのですよ、ご主人さま。
桜の花びらはご主人さまに取ってもらって、
手を握りたかったのでそのままにしていたのですよ?」
「えぇ……」
手を握ったままご主人さまは微笑んでんでくれた。
「さくらは幸せ……なのですよ」
ぽつりと言ったさくらの言葉にご主人さまはまた微笑んでいた。
今度はご主人さまの腕にさくらの腕をギュッと絡めてくっついて歩きだす。
桜の樹のアーチはご主人さまと一緒に歩いてくぐりたい。
ぴったりと寄り添って、桜のアーチの下をゆっくり歩いてくぐる。
時々花びらがひらひらと舞い落ちてくる。
「きれいだね」
「えへへ、どっちのさくらが、なのですか、ご主人さま?」
「どっちも、かな」
「にゃふ? 聞こえないのですよ? どっちのさくら、が、なのですか?」
「両方だよ」
「どっちの……さくらが、なのですか?」
「もちろん『さくら』の方が桜よりもきれいだよ」
「にゃぁん、もう、もうっ、ご主人さまってな、もう♪」
今までよりも力を入れて腕に絡みつく。
ご主人さまは笑いながら頭をなでてくれた。
「えへへ……ご主人さまのゆうとおり、桜の花きれいなのです」
やがて、ちょうど桜のアーチの真ん中あたり。
並んでいる桜の樹の間を通り抜けて道そそれる。
そこにはほんの少しだけ開けた場所があり、
1本だけ桜の樹がやはり満開の花を咲かせていた。
ご主人さまとさくらはその桜の樹の近くにシートを敷いて座る。
「特等席なのです♪」
ご主人さまが持ってくれていたバッグを受け取り、
中から重箱と瓶とボトルを取り出す。
小さめの重箱にはお弁当とおつまみ。
瓶には『桜雨rose』と書いたラベルが貼られていて、
ボトルにはお水が入っている。
「ご主人さま。 はい、どうぞなのです」
「ありがとう、さくら。
こんなに沢山用意して大変だったんじゃないのかい」
「全然大変じゃないのですよ。
ご主人さまとふたりきりのお花見の準備なので幸せいっぱいなのです」
ワイングラスをご主人さまに手渡し、ほんのりとピンク色のお酒を注ぐ。
「それじゃあ、さくらにも」
今度はご主人さまがさくらの持っていたグラスにお酒を注いでくれた。
「えへへ、ありがとうございます♪」
「でも、さくらは飲みすぎないようにね」
「ふふっ、酔ったさくらになにをするつもりにゃのですか?
にゃんちゃって♪ なんでもしてくださいなのですよ? ご主人さま♪」
桜の樹に向かってグラスを差し出したあと
キンッと澄んだ音を立ててご主人さまのグラスと乾杯をする。
甘くて優しい香りが口の中にふわっと広がる。
ひとくちめ(?)を飲み終わって
ご主人さまの方を見るとお弁当を食べようとしていた。
さくらのお弁当をご主人さまが自分で食べるなんて……だめ、なのです。
「ご主人さま、ご主人さま、はい、あーんなのですよ?」
少しだけ困った顔をしながらもご主人さまは
さくらの差し出したおかずをパクリと食べてくれた。
えへへ美味しいですか?ごしゅじんさま?
「……」
何度も何度もしている、そんな当たり前の事なのに顔が熱い。
頭がポーっとして、ごしゅじんさまを見つめてしまう。
「さくら?」
「はい? ごしゅじんさま?」
手に持っていたグラスはいつの間にか空になっていた。
グラスを持つ手の力が抜け、落としてしまうと思ったけれど動けない。
でもグラスは落ちなかった。
ご主人さまが落ちないように手を支えてくれていた。
「……」
「にゃあん……ごしゅじんさまぁ……さくらにぃ、にゃにを……はぅ」
こんどはご主人さまがさくらの背中にそっと手をまわしてくれる。
ご主人さまになされるがままに力を抜く。
肩に寄り掛からせてくれるのかな? と思いきや
そのままポスっとご主人さまのお膝の上にさくらの頭が乗った。
「ふぁぁん……ごしゅじんさま~~えへへ、役得やくとくぅ♪」
「大丈夫かい、さくら」
「はい、ごしゅじんさま……さくらはぁ、しゃーわせなのですよ♪」
「この桜の木の下で、さくらが幸せって言ってくれるのは嬉しいなぁ」
酔ってしまっているけどね……。
ご主人さまがさくらの頭をなでながらそんなことを言う。
ここで咲いている桜の樹の下でさくらは初めてごしゅじんさまと出会った。
次にこの桜の樹にご主人さまと一緒に来た時に、
さくらはさくらの全部でご主人さまを幸せにすると誓った。
「ごしゅじんさまはぁ……
さくらの色がさくら色だから、さ・く・らって名前を
つけてくれたのですよね?」
「そうだね、桜の木の下で見つけた、さくら色の子、だったからね。
この桜は他の桜と違って寒桜なんだけど、
普通の桜の季節も咲きっぱなしで不思議桜だよ。
でも桜の淡い色はすごくきれいでさくらにピッタリだとおもったんだ」
「にゃふふ……さくら、きれいなのですか? うれしいのですよ」
お膝の上が気持ちよくてすぐにでも夢の世界へ入ってしまいそうだ。
「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま、
寒桜の花言葉ってしっているのです……?」
少しご主人さまが首をかしげる。
「あなたに、微笑む……ですよ。
えへへ……。 さくらはいつでも……ごしゅじんさまに……
微笑んでいれています……か? にゃふふっ♪」
また頭を撫でてくれるご主人さま。
その時に言っていた言葉を聞き取る事はできなかった。
だってさくらの意識はほわほわの幸せと一緒に
ご主人さまお膝枕に蕩けてしまっていたから。
でもでもご主人さまは笑顔で桜の樹に話しかけていた
さくらはおもうのですよ?
【おしまい】