紫苑と桜とご主人
元お嬢様お化け娘の『紫苑(しおん・娘いぬ)』とご主人。
ふたりでお花見をすることに。
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高台にある公園の桜の樹は満開の花をさかせている。
青空を背景にしてさくらの色がとても映える。
その上にぽかぽかした陽気で何となく足取りも軽くなる。
桜の樹は好き。
お屋敷にも何本か植えてあって、春にはやはり満開の花を咲かせていた。
窓の内側から桜の樹を見るだけで春を感じさせてくれた。
でも今は違う。
外に出て、穏やかな陽気を感じながら、桜の樹の下を歩いている。
紫苑のいちばん大切な人と。
「ご主人! ご主人! こっちですよー!」
桜を見ながら歩いてくるご主人に手を振る。
気が付いたご主人が少し早足でベンチの前に来てくれた。
「わふ、ここが良いかなって? どうですか?」
「おぉー特等席だね」
「わぁう、じゃあご主人座って、座って」
ベンチに布のシートを敷いてご主人に座ってもらう。
紫苑はご主人の隣に……隣?
じゃなくて、ご主人のお膝の上に座る。
ご主人を背もたれみたいにして座る。
「わふ」
「……紫苑?」
「桜、きれいですねーーご主人」
「そうだね……紫苑の髪の毛はきれいでいい香りだねーー」
「わぁん、ご主人は桜よりも紫苑ですか?
照れちゃいますよ♪」
「そうだね……紫苑しか見えないから」」
「もう、もうっ、紫苑を褒めてもお弁当しか出ないですよ?
あ、お腹撫でますか?」
ご主人の手をとってお腹のにあてる。
ご主人にお腹を撫でてもらうの大好き。
「いや……そろそろいいかい、紫苑?」
「……わぅ」
本当はずっと乗っていたいのだけれど。
紫苑の頭を撫でなが降りるように促されたのでしょうがない。
お弁当をご主人にあーんてするのもできないし。。
お膝から降りて、隣にピッタリと寄り添って座り直す。
「並んで座るのも良いですね、ご主人♪」
「出来れば最初から並んでほしかった気もするけど……」
座った紫苑のコトは怒らないご主人大好き。
「晴れ暖かいし風も優しいし、絶好のお花見日和だねぇ」
「はい! でも、急にお花見に行こなんて、どうしたのですか?
紫苑はご主人と一緒にお出か……デートするの嬉しいですけど♪」
ご主人が「お花見にでも行こうか」と言ってくれたのは一昨日の夜。
寝る前に見ていたテレビでどこかのさくら祭りの様子が映った時だった。
急に思いついた感じ……でも無く、優しく頭を撫ででくれながら。
優しい、感じで。
「さくら祭りのテレビを見て、ですか?」
「うーん……それもあるけど」
少し照れるように言葉につまりながら。
ご主人が言う。
「紫苑と桜が見たかっただけかなーー」
「…………ぇ」
「まぁ、深い意味は無いよ。
一緒に出かける口実かな。 歩いて一緒に出かける」
「…………」
「紫苑の住んでいたお屋敷にも桜とかありそうだよね。
元お嬢様だしな……紫苑?」
頭の中にご主人さまの言葉が残ってぐるぐるしていた。
歩いて。
一緒に。
ご主人に会うまで紫苑には出来なかったコト。
諦めていたコト。
「紫苑?」
「ご主人……」
「え……なんか変なこと言ったかな」
「ご主人は……何度言ったらわかるんですか……?」
「……あ。 ごめん、昔のことは」
そんな事はもういいの。
「違いますぅ……。
紫苑は……もうご主人の事が大好きなんです。
ご主人が大好きで、ご主人の忠犬で、ご主人無しじゃダメで
……いつでも紫苑の身体の中はご主人好きでいっぱいなんです」
「あ、ぅん……」
「それなのにご主人はさらっと……好きを増やすんです。
こぼれちゃってます……大洪水です……。
どうしてくれるんですかぁ、わふぅ」
「そんなつもりじゃ」
「わぅ……ありました、紫苑のお屋敷にも桜、ありました。
毎年きれいに咲いて、窓から桜を見るのが好きだったです」
「うん」
「でも紫苑は! ご主人と見ている今の桜の方がずっとずっと好きです。
それにとっても幸せですよ、こんな風にご主人と一緒に桜が、
お外でお花見ができるなんて、夢のようです」
「まぁ、夢じゃないよ……ありがとう」
「えへへ、ホントですか?」
ぴったりくっついているのに更にくっつく。
頭をご主人の胸に預けるとご主人はまた撫でてくれた。
「わふぅ、ホントに夢じゃないです」
「……あたりまえだ。 紫苑はちゃんといるし。
ずっと一緒にいてくれないとね」
「…………。 また、ゆった」
「ん?」
顔を上げてご主人を下から見据える。
「またご主人が紫苑のご主人好きを増やす事をゆったぁ……」
「えぇ……」
「もうダメです、とめて! 好き、あふれるのとめて! ご主人がとめて!
具体的には……キスして! キスしてとめて!」
「口からあふれるの……?」
「いいの! 帰ったら他のところもチュってしてもらうもん。
でも今は緊急だからキスとお腹を撫でるので応急処置するの」
「さり気なくお腹撫でるの増えてるね。
それよりも、ほら、お弁当食べればとまるんじゃないかな」
「や。 あふれるのとめてから
そうしないとお弁当食べられない!」
【おしまい】
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