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想い、届け[#2000字のドラマ]

 今日は、初めてのインターン先への訪問だ。

緊張と不安から、向かう足取りが重い。
夏休みの間、希望の出版会社へインターンシップが叶い嬉しいはずが
いざ会社のエントランスに立つと膝の震えか、ヒールがぐらつく。


ここは一年生の時から想いを寄せている先輩も働いている会社だ。

賢先輩は二歳年上で、カメラサークルのOBだった。
普段あまり表情豊かな方じゃない先輩だけど、たまに笑うとその笑顔が可愛くって
長い指や広い肩幅、低い声に密かに憧れ気づけばいつも目で追っていた。

卒業前に想いを伝えたかったけど、勇気が出ずに涙で見送った。
もしここで内定をもらえたら、賢先輩と一緒に働けるかな……

 エレベーターの中で、現役で働いている社員の人達と一緒になると
仕事の専門用語を話す様子や女性社員の甘い華やかな香水の香りに、まるで
自分だけ違う空間に取り残されたような感覚になる。

私のスーツ姿どこかおかしくないかな……
着慣れないスーツを、あちこち整える。


 編集部のドアをノックすると活気もあり、あたたかく迎えてくれて
和気藹々とした職場の雰囲気に
実際にここに入れたらなぁと夢を見てしまう。


案内されたデスクにつき、緊張冷めやらぬままPCを立ち上げていると
ポン!と肩を叩かれた。


「久しぶり。元気にしてた?
 インターンで立花が来るって教授から聞いてたけど

 スーツで雰囲気が変わってちょっとびっくりしたよ。
 夏休みの間よろしくな」


もしかしたら会えるかも、と低い可能性で考えていた
賢先輩が目の前にいる……
嬉しさより驚きが勝ち、思わず口元を手で覆う。

まさか一緒の部署だなんて!

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その日は、一晩中あれこれと
これからの事を考えて眠れなかった。


それからの毎日は、何もかもはじめての実践的なお仕事で
つまづきながらも新しい事を学びそれが商品として形になることに
携われて、ぼんやりとここに勤めたいと思っていた気持ちが
ハッキリとした目標に変わって行った。
賢先輩とも一緒にチームを組ませてもらった。
少し色褪せかけていた片想いが、前より一層強く先輩一色に染まる。





 夏休みが明け久しぶりの登校日が来た。


友人達と夏休みの事やインターンシップの話で盛り上がる。
賢先輩に再会できた事を伝えたら軽く冷やかされた。
ころころと変わる話題に花を咲かせていると

不意に声が掛かった。


「茜理……? 」


振り返ると、そこには高校時代の元カレ翔大が居た……。

『えっ、なんで?......』

困惑が隠せない。

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「急に押しかけてきてごめん。
 あれからずっとさ、茜理が忘れられなくて
 茜理んちに向かってたらおばさんに会って、今この大学に通ってるって
 教えてもらったんだ。」


いきなり逢いに来るなんて……


ひとまず講義の後でカフェで待ち合わせをし別れると
友人達から三角関係~?と冷やかされる。
とんでもない。
まだ先輩とも何も無いし、翔大とはもう何も無い。


 講義後、カフェに向かう。


『お待たせ』


一瞬で顔が明るくなる翔大。復縁を迫られるが
今は好きな人がいる事を伝える。

「高校の三年間、一緒に居たじゃん。
 遠距離が嫌ならこっちに引っ越すし
 ここで仕事探すからさ……  」

そう言われても、翔大の言葉に心が全く動かない……

 『友達ならアリでも、元には無いよ。
 別れてからの三年間の間に私の心に翔大は居なかったんだから』

キッパリと断ったが、ならば友人としてと連絡先を強引に渡された。



 それから構内で翔大が度々待ち伏せしてきた。
県外から訪ねてくる彼を友人として見ると、追い返すのが無下に感じ
女友達も交え、翔大とランチをとっていた。


そんなある時、着信が鳴った。


 ーー賢先輩だ!


画面を見ると思わず顔がにやける。
ちょっとごめんね、と電話に出るとどうも様子がおかしい。


「あのさ立花、俺、しばらく会社出れないかもだけど……
うちの会社諦めんなよ…… 」


言うだけで言って、電話が切れた。
息苦しそうな声だった。
心配になり、掛け直すが一向に応答がない……



会社へ電話して先輩の安否を確認すると
30分ほど前ににバイク運転中にトラックと接触事故に遭い、救急車で病院に運ばれたと言う。



目の前が真っ暗になる



指先から血の気が引いて行く。


搬送された病院へ行こうと経緯をみんなにも話し
席を立つと、翔大が引き止めてきた。

「行ってどうするの?彼女でも無いんだろ。
 命には別状が無いみたいだし茜理が
 駆けつけても邪魔なだけだろ! 」

翔大の言う通りだ。

でも、そんな言い方ってない。

掴まれた手首を振り解く。

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確かに
先輩には先輩の周りの家族や友人がおり、もしかしたら恋人もいるかも知れない……。

でも、事故に遭ってそんな大変な時に電話をくれた気持ちを
決して軽く受け止めたく無い。


 強く引き止める翔大を振り切って、病院に駆けつけた。
搬送先が住んでいるアパートの近くの病院ですぐにわかった。


付き添っていると看護士さんから、賢先輩は
ご両親も兄弟もいない事を聞いた。
まだ意識が戻らない先輩を見つめる……


会社に連絡を取り
私が近所なのでもし良ければ時々様子を見にきても良いでしょうかと確認を取る。
会社としても助かるとの返答で、それからほぼ毎日先輩の病室へ通った。


 付き添い中に、医師から体の怪我の方は二ヶ月もすれば治るけど
意識はいつ戻るかわからないことを告げられた。


病院にいる間に何度も翔大から着信が入ったが
引き止めた時の彼の冷たい態度に
心は完全に決別し着信を拒否した。




 病室から見えるイチョウが、緑から黄金色に変わったある日

いつものように、病室のブラインドを開けベットサイドの椅子に腰を下ろす。
そっと手をさする。

先輩に話したい事がたくさんある。


神様……賢先輩の目を覚ましてください……!

祈る想いで、手を握る


いつものように手は温かいが反応は無い。

会社に定期報告をしようと、椅子を立つ。
一歩踏み出すと洋服が何かに引っかかった。


『 ? 』


振り返ると、先輩の長い指が私のチュニックの裾を掴んでいる……!

先輩!

賢先輩は何か話そうとするが、喉の渇きから言葉が出ないようだ。
慌ててサイドボードの吸い飲みの新鮮な水を口元へ運ぶ。

かすれた声が病室に響く。

「ずっと側に居てくれたんだろ?ありがとう。

 電話した時……

 意識が遠のく瞬間、立花の顔が浮かんで
 とっさに掛けたんだ。本当は、好きだって言いたかったけど
 口から出たのはあんな言葉だった……

 仕切り直して、今……告白してもいいかな……? 」



涙が止まらなかった。



もしかして夢を見ているんだろうか。
私に都合の良すぎる夢だ。
先輩が目覚めただけでも嬉しいのに、告白だなんて……

涙を必死にぬぐいながら、小さく首を縦に振る。


そこからは、感極まってはっきりと記憶にない。



涙でぐしゃぐしゃな私に、先輩がティッシュを渡してくれて



気づいたら二人で微笑んでいた。


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本当に良かった。
先輩を失うかも知れない、意識が一生戻らないかも知れないと思って
先が見えず怖くなった日々もあった。


自分の気持ちに正直に行動して、先輩が目覚めた時
隣にいるのが自分でよかった。


想いが、届いた……




Fin

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