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床屋のすずちゃんは定食屋のすずちゃんになり祖父は守護神になった

鈴木すずは、父も母も祖父も理容師だ。

父と母は理容師の専門学校で出会ったらしい「母のほうが先に一目惚れして俺に猛アタックしてきたんだ」というのが父の口癖なのだが、すずは信じていない。

すずの同級生の男子はみんな "理容すず" に来てくれていたが、小5から小6になる頃には隣町の美容室に行くようになり、中学になっても定期的に来てくれるのは隣の家のクロちゃんだけになった。

クロちゃんの家は定食屋で、名物は豚の唐揚げ。クロちゃんパパはサラリーマンで、クロちゃんママがひとりで切り盛りしていた。

すずは小さい頃から自分の家のように出入りしていたし、夕食をクロちゃんちで食べることも多かった。いつからかクロちゃんママのような料理人になりたいと思うようになった。

すずは小6のときに「わたしは理容師にも美容師にもならない」という作文を書いた。祖父は肩を落とし、父は一週間店を閉めて酒に溺れた。

クロちゃんはものすごい天パーで剛毛、小学生の頃はジャクソン5にいた頃のマイケルみたいだった。「大人になったらストレートパーマをかけたい」と言っていたはずだが、今はVaundyみたいな金髪である。

すずは高一から5年間、クロちゃんちでバイトをしている。メニューに載っている料理はぜんぶ作れるようになったし、看板娘としてテレビに出たこともある。クロちゃんママはいつでも引退できるわね〜と喜んだ。

一方、クロちゃんは「逆に俺が美容師になったら面白いっしょ」と美容専門学校に通っている。すずの父と祖父は手を叩いて喜び「卒業したらうちを継いでくれ」と言うようになった。クロちゃんは「表参道で勝負して、ダメだったら帰ってきますよ」と冗談だか本気だか分からない顔で言った。

すずの祖父は定食屋クロちゃんに焼酎ボトルをキープしていて、はじっこの定位置からすずが働く姿を見守るのが生き甲斐だった。すずの料理と可愛さに惹かれて通う客も多かったが、祖父は赤ら顔で「すずにはフィアンセがいるから」と言い続けた。店の食べログに「料理はどれもおいしい。あと店の隅にいつもいる守護神にもご注目w」と書かれた。

隣の家で何やってんのよ〜と、すずの母はけらけらと笑った。

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