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204号室。風に揺れるジーパンは青春そのものだった。
大学一年の春。はじめての一人暮らし。
アパートの隣に住んでいる大家さんに挨拶に行ったら「あなたと同じ大学に通っている先輩が3人いるからご挨拶しておいたら? 105、201、204号室」と言われた。
当時も個人情報保護みたいな考え方はあったはずだが、今ほど厳しいものではなく、そうか、そういうもんかと思い、翌日の昼に挨拶に行った。
105号室 ぴんぽーん
チェーンの隙間から顔をのぞかせたのは綺麗な女性だった。明らかに私を怪しんでいる。「あ、このアパートの102号室に引っ越してきた者です。⚪︎大の1年です。これ良かったら、うちの実家で作ってる八朔です」
さっき自分の部屋で考えたご挨拶を早口で伝えたら「あ、はっさく」と呟きチェーンをはずして受け取ってくれた。他に話すことも考えてなかったので「失礼しまーす」と足早にドアの前を去った。
201号室 ぴんぽーん
ん? 留守かな? ぴんぽーん すこし物音がしたし、たぶん在宅だと思うんだけどドアは開かない。もしかしたらドアの覗き穴からこちらを見ているかもしれないと思い、頭を下げてみる。これはきっと開かないな。
八朔を2つ紙袋に入れて「102に引っ越してきた◇◇です。⚪︎大の新入生です。よろしくお願いします!」とメモも入れてドアノブにぶら下げた。翌日みにいったら紙袋はなくなっていた。この201の先輩とは大学のバスケサークルで再会するのだが、それはまた別の話。
204号室 ぴんぽーん
「はーい、今あけまーす」すごく元気な男性だった。玄関で自己紹介をしたら、まぁあがりなよ、すこし話そう、と言われた。今だったら警戒してお断りするが、親元を離れてはじめての一人暮らしにテンションがおかしくなってたし、めちゃめちゃ第一印象がよかったので部屋に入らせてもらった。
どこ出身?酒とタバコは?サークルどうすんの?といった定番の質疑応答があった後、その先輩はロックサークルでドラムを叩いていると言った。ベランダには2本のジーパンが風に揺れていた。
私は「やっぱロックミュージシャンはジーパンなんですね」みたいなことを言ったんだと思う。するとその先輩は目を輝かせて「ドラムって太ももにすげー汗かくんだけど、ぜったい水洗い。洗剤入れると、だせー色になっちゃうから」と語った。
「で、今履いてるコレと干してる2本。計3本をローテーションしてる。リーバイスとエドウィンとユニクロ。ライブの時はエドウィン。色が一番かっけーから」
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あれから何年も経ったけど、いい色のジーパン(ジーンズやデニムってイヤ。あくまでもジーパン)をみかけるたびに204!エドウィン!と思う。あの人、名前も顔も忘れちゃったけど、きっと今でもジーパンを愛し、水洗いしてるんだろうな。まだドラム叩いてたらいいな。