よく聞く心理学と、私の反応。①
『ライアーゲーム』や『カイジ』や、刑事モノ探偵モノなど、
心理戦を描いた作品には、心理学の典型的事例が登場しますよね。
〇〇の法則、〇〇〇効果、〇〇的○○、〇〇症候群、みたいな。
「いや、知り合いが似た状況になってるのは見たことあるけど、
俺はそうなる気がしねぇよ……」と思ってしまいます。
なので幾つか、心理学で定義されている状況を想像してみて、
本当にならないのか?そして、なんでならないと思うのか。
考えてみたいと思います。
☑返報性の法則🎁
「何か貰ったら、何かお返ししなきゃ!」という社会性心理らしいです。
週末に電気屋に行くと、エントランスでティッシュとかカイロとか団扇とか風船とか配ってます。
あれは、何かプレゼントすることで、相手に感謝をさせて、「お話(商材のご案内)をさせてください!」と頼み、「あ、(頂いちゃったし)お話だけなら……」と断りづらくするために配ってます。
一般的な交友関係でも、「お返し」は当然のマナーのように語られますが、
私は当然とか常識とかに誘導されると、蕁麻疹が出る(大袈裟)ので、「お返し」は、必要かつ自分が精神的に損しないか考えてから、行います。
☑傍観者効果👥
たくさん人が居るのに、誰も救急車を呼ばないというやつですね。
たくさん人が居るからこそ、心理的に責任が分散して、誰も当事者になりたがらないんですよね。
私は、人が倒れて苦しんでいる場面に遭遇したことはありません。(自分がなったことはあるけど。)もし遭遇したら、消極的に仕方なく救急車を呼びます。周りに人が居ようが居なかろうが、同じ行動を取ります。
1人で遭遇しても、仕方なく。多勢の中で遭遇しても仕方なく。
なぜなら、どうせ集団心理に引っ張られて誰も行動しないんだから、ここに居る人混みは全員カカシで、実質居ないのと同じだから。
苦しんでいようが、他人には触りたくないので、傍まで行ってしゃがみ、スマホを取り出し、ぼーっとした態度で「あ、救急車お願いしたいんですけどー」というのが私です。もし集団の中から、私の不遜な態度に文句を言う声が聴こえたら、ただじゃ置かない。
(正義をやってるつもりの人にケチつけるのは、マジで喧嘩になりますよ)
☑吊り橋効果🌉
「このドキドキは……もしかして恋……?!」
緊張のドキドキを、恋のドキドキと勘違いするらしいですね……。
言うまでもなく有り得ない。有り得ないんですけど、
危険な場所なら、それよりは、別の作用が働くことがあると思います。
優しく手を引いてくれたり、お化けから守ってくれたり、
ひと段落してから、褒めてくれたり慰めてくれたり……
恐怖と共に記憶に残らざるを得ない出来事の中に、咄嗟に優しくされたことや、頼りがいを発揮されたことが、強制的に素敵な記憶に残るんですよね。
私は、『吊り橋効果』の実態はコレなんじゃないかと思っています。
咄嗟とか、不意を付くのが大事。
ただし、私が当事者(弱い方)ならば、こう思います。
「オマエが連れて来といて、得意げにすんのはマジで最低。わざと不安とか恐怖を与えてリカバリーすんのって、DVと一緒やから。きっっしょ。」
そうです。DV(家庭内暴力)と一緒なんです。気を付けましょう。
☑囚人のジレンマ👨🏽🤝👨🏻
意思の疎通ができない状態で、2人協力すれば2人得するが、1人裏切れば1人だけが更に得が出来、もう片方は損を被るとき、2人協力が最適解なのに、
自分だけが損をしたくなくて相手を裏切ってしまう。
『ライアーゲーム』に登場するほとんどの心理ゲームは、全員で協力すれば誰も借金を負わないのに「誰かに出し抜かれる前に、出し抜かなければ」と騙し合いのゲームになっていくんですね。
私だったらどうするでしょう。囚人の例で言うと、自白するでしょうね。
2年と5年は大して違わないけど、5年と10年は違い過ぎる。0年のことは考えません。上手く出来てますねー。懲役5年で確定させる為に自白します。
2人で目隠しをされて「先に自白した方を助ける」と脅されたら、多分なにもしません。危機的状況で全てを諦めるってマインドなので、悪足掻きするのが面倒くさいんですよね。どうやって死のうかなとか考えるはずです。自白したところで助かるはずが無いんですから。
☑囚人と看守🎭
権力を持つと支配的になり、支配されると隷属的になる。
『スタンフォード監獄実験』や『ミルグラム実験』の例です。
親と子でも成立してしまうのが、この例の恐ろしいところです。
親が子を見下し過ぎたり、価値の低い存在だと思い続けると、支配的に。
それを受けた子どもが隷属的に言いなりになっていく関係性です。
当然、いじめ野郎といじめられっ子でも成立します。
加害者は自分が偉いと思い上がり、被害者は自分が無価値と思い込みます。
この構造がいちばん分かりやすいですかね。
私は、どちらにもならなくなりました。
まず、人間は対等だという意識を揺るぎなく持っています。そうでなければ、隷属的に働けていたはずです。職場の先輩と同じサボり方をして左遷されたり、煙草の煙を避ける為に上座に座り、上司に通路側に座るよう提言したりせずに。(一般的に失礼だと分かった上で、やってます。)
私は、自分以外の何かにマインドを動かされそうなときには、必ずストッパーが掛かるようになっています。自分らしくない行動は取りません。
ざっくばらんに言うと、”空気”に対してめちゃくちゃ否定的なんです。
集団からすると、ものすごーく面倒くさいやつです。
☑認知的不協和🤷♀️
認知と現象が噛み合わないとき、認知を捻じ曲げてしまう心理です。
前項の、支配されると隷属的になることも、認知的不協和が原因です。人間はいかなる状態でも納得できる認知状態を探します。落ち着きたいんです。
ライアーゲーム1巻では、「自分はBだと確信しているのに、周り全員がAだと言うと、自分もAだと言ってしまう」と例に出しています。
空気を読んでしまうということですが、私に限っては有り得ません。
ですが、たまたま、この例が当て嵌らないだけです。
他に、イソップ寓話の『すっぱい葡萄』も、例として挙げられます。
届かない高さに美味しそうなブドウが成っているけれど、それを見たキツネさんは自分の力では届かないストレスを「どうせすっぱいブドウに決まってる」と思い込むことで、落ち着かせようとするのです。
私自身も、この例から考えると、
認知を捻じ曲げて不協和を解消している言い訳はたくさんあります。
●頑張っても報われない。●高価で美味しい物は損をしている。
●女性にモテても問題が増えるだけだ。●自分に出来る仕事など無い。
●声優は演技力よりコミュニケーション能力の方が重要なので向かない。
もっともらしい理由で、自分に嘘を吐いている状態ですね。
私は、他人には流されないけど、自分に正直なわけでもないのです。
☑ピグマリオン効果👨🎓
「成績を褒めると優秀な成績を残す」という分かりやすい心理効果です。
「あのプレゼン、良かったよ!」と言っておくだけで、次回も同等以上のパフォーマンスを発揮してくれて、段々と優秀になっていく効果があります。
とっても気軽に使える心理テクニックですが、私にとっては疑問です。
私の場合、自覚している長所以外を褒められても、腹が立つだけなんです。
しかも自覚している長所は、元から自信があるので、自発的に伸ばします。
つまり、「褒めて伸ばす」が効かないんです。
おまけに、「貶して強くする」ことも無意味です。
何度考えても、他人の”言葉”で私を操作するのは無理なんです。
方法があるとすれば、「お金」です。お金を渡されれば動きますが、それでも、自分の考えや時間を惜しんでまでの努力はいたしません。その努力が出来るのなら、今頃しっかり働いています。
社会的に不適合なくらい「自分らしさ」に頑固な人間なんですね。
今日はここまで
ひねくれ者で、頑固者で、社会不適合者とかいう、ハイパーエゴイストなんですけども、他人を貶めることは、精神的に損をするので致しません。
逆張りが好きなベンチャー企業なんかがあれば楽しそうだと思うんですけど、如何せん、仕事に役立つ能力はひとつも持ち合わせていないので、常識を壊そうとする思考しか、お役に立てるものがございません。
かと言って、革新的なアイディアを思い付くかと言われたら、そんなこともありません。ただ、ノーマルやマジョリティに否定的なだけです。