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タフであれ、柔くあれー自分を表現し続ける力 TABELL・宮代麻美さん| 「表現する人々」vol.2
毎週金曜日のお昼ごろ。赤いレンガの壁が可愛らしい「あかぎハイツ」の前には、淡い黄緑色のキッチンカーが止まっている。マンションの雰囲気ともよく合うその車は、「TABELL」のキッチンカーだ。
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TABELLは、宮代麻美さんが運営する、マクロビのケータリングサービス。キッチンカーによる定期的なお弁当販売の出店の他、イベント出店や、自家製味噌やキムチなどのワークショップも行っている。
私は正直、マクロビへの知識が深いとは言えない。だけど、今日はTABELLが出店している日だということを思い出すと、思わず買いに走りたくなってしまう。「体に良く、何より美味しい」、そんな味を食べられる機会を逃すまいと。
宮代さんがTABELLを営んで10年。それはつまり、キッチンカーやマクロビといった言葉が今ほど一般的ではなかった頃から活動を始め、今日まで続けてきたことになる。
彼女が自分の”表現”を切り開いてきた源を知りたくて、今回話を聞かせてもらった。
未経験からの挑戦
宮代さんがキッチンカーに出会ったのは、20歳くらいの頃。当時、代々木公園などでオーガニックやエシカルなどにまつわるイベントが数多く開催されており、よく遊びに行っていた。
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「野外イベントにキッチンカーが出ているのをよく目にしていて。これだったら私1人でできるかもしれないって思ったんです。でも当時は調理経験もなくて。なのでまずは本を読んでみたり、色々情報収集したりしていました。」
その中で、キッチンカーをやっているカフェを見つける。問い合わせると、ちょうどスタッフを募集しており、早速面接へ。ただ、カフェの場所は調布だった。千葉に住んでいた宮代さんは雇ってもらえるのか心配だったそうだが、無事に採用決定。そこから、遠距離通勤しながらの修行の日々が始まった。
「当時はまだ珍しかったおむすびをメインにしたお店で、すごく美味しかったんですよ。店長には、出店場所の探し方から食材の仕入れ方まで、本当に手取り足取り教えてもらいました。実は当時、ペーパードライバーで、あんまり運転をしたこともなかったんですよ(笑)。今となっては、本当によく働かせてくれたなと思います。」
働き始めて2年後に、自身のキッチンカーを持ち、独立した。最初に出店した場所は五反田。ビジネス街でしばらく出店を続け、東京国際フォーラムなど、都内の大きなキッチンカーの出店場所でも営業するようになった。
大規模な出店場所は激戦区でもあり、売上が悪ければ、出店を断られる人もいたという。そうした中でも、TABELLは週5で千葉から通い、営業を続けた。
「私の中で「絶対ここに出たい!」っていう野心みたいなものはあまりなくて。「出店しませんか」っていう話をいただいて、その流れに乗っかっている感じでした。あと、出店場所の周りのエリアでは、働いている外国人の方も多くて。そうすると、お肉を使ったメニューを食べられない人も少なくなかったんです。TABELLのメニューが、当時キッチンカーとしては珍しいものだったことも、続けられた一つの理由だったかもしれません。」
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「マクロビやヴィーガンの人もそうじゃない人も、関係なく食べられて、美味しいと思う味を目指していた」と話す宮代さん。その味が、嗜好や宗教などの違いも超えて、多くの人に愛されていたのだろう。
2020年頃になると、コロナによって都心への通勤者が激減し、オフィス街のキッチンカーの需要も減った。ちょうどその頃、自身の出産を控えていたこともあり、一つの契機として都内への出店を辞めることにした。
現在は、千葉県内中心の出店に切り替え、週末に時々イベントにも出店するなど、生活とのバランスを取りながら、活動を続けている。
マクロビやヴィーガンの人も、そうでない人も、美味しい味
健康に良いことはわかっているし、できれば積極的に食べたい気持ちもある。だけど、いざ選ぼうとすると、どうしても他のメニューに目が行きがちになってしまう。
私にとってのマクロビは、そんな存在だった。
しかし、TABELLの料理は少し違う。お肉を使っていないというソイ唐揚げは「本当にお肉じゃないの?」と疑ってしまいたくなるし、レンコンの甘酢炒めはピリッと辛く、ナムルやきんぴらなどの副菜は、甘さや酸っぱさがそれぞれしっかりと感じられて、味のバリエーションが豊かだ。「そうそう、これが食べたかった」、食べ終わった頃にはそんな気持ちで満たされる。
そして、いつもどうしてそんな味ができるのか、不思議に感じていた。
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「TABELLを始めた頃は、お肉を使っているメニューが全くなかったんです。でも、本当にヴィーガンだったり、マクロビで生活してる人ってそう多くはない。なので食べていて気づかないくらい、あとから説明されて「これってマクロビなんだ」ってわかるくらいの味を目指しています。」
TABELLがスタートしたのは、そもそもマクロビという言葉がそこまで一般的ではなかった頃だった。どうしてマクロビを軸にしようと考えたのだろうか。
「キッチンカーをやろうと決めた時、みんながやっていることをやっても仕方がないなと思って。当時から玄米を取り入れた食事をしていたので、マクロビをもっと勉強してみようと思ったんです。修行時代はお店で働きながら、マクロビやヴィーガンスイーツを学べる学校にも通って。色々学んでいくうちに「これだ」と思って、軸を決めました。」
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TABELLのお弁当を食べながら同時に感じるのが、野菜のおいしさ。自身で育てている野菜のほかに、成田にある「おかげさま農場」の野菜を使っているそう。
「おかげさま農場さんはすごいんですよ、何でも作ってて。お米や野菜、大豆とかだけじゃなくて、ソーラー発電もするし、自分たちで油も作って。もっと通いたいなと思ってるんですけど、ちょっと遠いからなかなかいけなくてもどかしいですね。
私が自分でやっている畑は小さいけど、取れすぎちゃったりすると周りの畑の人たち同士で物々交換したりして、そういうのもすごくいいなと。みんなもっと畑やったらいいのにって思いますね。」
がむしゃらだった10年の先へ
必死に頑張ってきた修行時代、都内でのキッチンカー時代を越えて、宮代さんはこれからどうしていきたいと考えているのだろう。
「実はキッチンカーには、ある程度達成感を感じているんです。だからちょっと違う展開もしてみたいなと。とはいえ子どもがまだ小さいので、どうしようかなとも思っていて。」
元々、お子さんが生まれてしばらくは休もうと思っていたという。ただ、実際に休んでみると「もっと自分の時間、働く時間もほしい」という気持ちが生まれた。
「個人事業主で小さいお子さんがいる方も周りに多いんですけど、皆どうやって子育てと両立しているんだろうって思ってます。子どもをお店に連れてきて営業することもできますけど、いつもできるわけではないですし。本当に尊敬しますね。」
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これまで自分のやりたいことに邁進してきたからこそ、生活と仕事のバランスをどうとっていくのか。新たな試行錯誤を続けている。
「今、自宅で味噌や梅干し作りの教室をやってるんです。そういうのはもっと増やしていきたいですね。
あと、セレクトショップみたいな場所を作ることにも興味があって。私、実家が酒屋なんですよ。ワインも好きだから、ワインやグッズを並べたショップみたいなのもいいなって。子どもがもう少し大きくなって、10年後くらいとかかな。」
終わり際、ふとこんなことを話してくれた。
「そういえば、TABELLを始めた当時、保健所に届け出に行ったら誰もキッチンカーのことを知らなくて、「ダメですよ、そんなもの」って感じだったんですよね。最近行ってみたら、当たり前のように対応してくれて。そうやって、人の意識が変わるくらい長い時間TABELLを続けてきたんだなと、改めて感じましたね。」
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「好きなことを仕事にする」
今はそんな言葉が珍しく無くなった。でも実現しようとすると、それは今でも決して簡単なことではない。
2時間かけて通勤し、慣れない仕事を日々こなして、仕事後には学校に通って知識を深める。
売上が落ちたら終わりという環境の中で、毎日千葉と東京を往復しながら、お客さんと自分が求める味を作り続ける。
宮代さんが自分の”表現”を続けてきた10年間は、とてもタフだったと思う。
「タフ」というと強さや忍耐力といったキーワードが思い浮かぶかもしれない。
もちろんそうした要素もあるが、今の宮代さんは、柔軟さとも繋がっているように感じる。
どうしても今は難しいと思うものは、とりあえず一旦諦める。
その代わり、これは譲れないと思うものには、できる限りの力を注ぐ。
修行をし、都内でキッチンカーの営業を頑張っていた頃は、「強さ」が軸だっただろう。
自分ではままならないことも増えたからこそ、今はそこに「柔らかさ」も加わった。
強く、柔らかなタフさが、今日も宮代さんとTABELLを支えている。
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TABELL
・火曜日 夏秋武蔵屋酒舗
・木曜日 玄(予約販売)
・金曜日 あかぎハイツ
※出店スケジュール、メニュー等は変更になる場合があります。詳しくはお店のSNSやホームページをご確認ください。
Instagram:https://www.instagram.com/tabellkitchen/?hl=ja
ホームページ: https://tabell.jp
(文章、写真:原田恵)