ショートショート#22「満月じゃなくても」
私達は海や街の灯りが一望出来る公園のベンチに並んで腰掛けている。風が心地よい。春の雰囲気を味わっていると、彼が話し出した。
「月が綺麗ですね。そういえば、昔の文豪が、
『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したっていう逸話があって、なんて洒落てるんだろうって、僕、好きなんですよね」
「へぇー、素敵なお話ね」
私達は付き合い始めて3年になる。
彼は優しく、いつでも明るい。
私はいつでも彼から力をもらっている。
そして私も彼を支えていきたい。
「あなたは本当に愉快な人ね」
「僕が?何でですか?」
「だってあなた、目が見えないのにまるで見えてるように話すんだもの」
「じゃあ教えて下さい。今宵の月の様子を」
「そうねぇ。とっても月が綺麗ですよ」
「そうですか。それは良かったです。僕にはこれからも月は見えないと思いますが、あなたと一緒に、同じ幸せを見ていきたいです」
「はい。一緒に見ましょうね」
私達はどちらともなく、自然と手を繋ぎ、空を見上げた。
あれから30年、相変わらず、月は綺麗です。